十九章 うしとら沼のかぞえ歌(3)

「それにしても、せっかく亀さんたちが迎えに来てくれたというのに、龍宮島にいけないのでは困りましたね」


「なにか手掛かりはないだろうか」


 二人が考え込むと、亀たちが甲羅から一斉に顔を出しました。



 ――けんけんぱ けんけんぱ

   龍宮島の おきゃくさん

   行ってかえらぬ いつつみつ

   おみやげもらって むつよっつ



 歌いおわると、亀たちは一斉に頭を引っ込めました。

 若様と虎千代は可笑しくって笑いました。


「そういえば、僕たちは龍宮島のお客さんだよね」


 若様は亀の歌を口ずさみました。


「――行ってかえらぬ いつつみつ。おみやげもらって むつよっつ」


「なぞなぞみたいですね」


 虎千代が鼻をなめました。


「なぞなぞか。ううん、難しいなあ。ああ、和真先生か花野子ちゃんなら、こんなの簡単に解いちゃうだろうなあ」


 若様は腕組みをして考え込みました。


「さっきは行ったのに帰って来ちゃいましたよ」


 虎千代が鼻面にしわを寄せて考えています。


「そうだね。行って帰らぬようにするには、五つ三つだから。ええと」


 ――頭で考えて分からないときは、図に書いてみると良いんだぞ。

 いつか花野子ちゃんが教えてくれたっけ。若様はしゃがんで地面に小石を並べました。五つ目と三つ目を白い石、六つ目と四つ目を黒い石にしてみました。すると交互に白と黒が並びました。


「分かった! 奇数だ!」


 若様は顔を輝かせて虎千代の前足をつかみました。


「虎ちゃん。きっと奇数の亀だけを踏んでゆけば、龍宮島に行けるんだよ!」


「キイスーの亀ってなんですか?」


「奇数は半分こにできない数のことだよ。一とか三とか五とか。半分こすると余っちゃうでしょ?」


「へえ。そうでしたか。キイスーねえ」


 虎千代はしきりに感心しています。


「島からここに戻って来るときは、……六つ四つだから、偶数の亀を踏むんだ」


「ブウスウコというのは、半分こできる数ですね?」


「ぶうすうこ、じゃなくて、偶数だよ。虎ちゃん」


「なるほど。一つおきに飛び移るんですね。それで、けんけんぱ!」


 虎千代は嬉しくて尻尾をぷるぷる振りました。


「よし、行こう。おいで、虎ちゃん」


「はい。わかさま」


 若様は虎千代を胸に抱き抱えると、岸からひとつ目の亀に飛び乗りました。

 亀はしっかりと浮いて、わずかでも沈む気配はありませんでした。


「亀さんたち。もう一回、渡らせてもらうよ」


 若様は三つ目の亀に飛びうつりながらうたいました。


「けんけんぱ けんけんぱ」


 虎千代も声を合わせました。


「龍宮島の おきゃくさん」


「行ってかえらぬ いつつみつ」


「おみやげもらって むつよっつ」


 二人の歌声が霧のたゆたう水面を渡りました。小さな影法師はうしとら沼の霧に飲み込まれて見えなくなりました。

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