十一章 鬼将軍(3)
真夜中。天守の間はぬばたまの闇に沈んでいました。
床に開いた穴から灯火の明かりが差したかと思うと、ぬっと、ひげ面が突きだしました。大きな目玉がぎょろりと辺りをうかがいます。その顔を明かりが下から浮かびあがらせました。足音を忍ばせてはしご段を上がってきたのはお殿様でした。天守の間の板戸を開け放つと、いまだ月の昇らぬ夜空に星々が真砂を撒いたように散っていました。
お殿様の自慢は寝付きの良いことでした。どれほど深い悩みがあろうとも、枕に頭をのせた次の瞬間には笑顔でいびきをかき始めるのです。ところが今夜に限っては目を閉じると龍尾権現の宝剣がまぶたの裏にきらきらと輝いて、まぶしくてどうにも眠れないのです。
「美しい剣だったなあ」
お殿様は暗い天井を見上げてため息をつきました。空に龍の三宝が現れたり、大椎権之介に叱られたり(これはいつものことでしたが)龍の宝剣が届いたりと、今日は目の回るような一日でしたが、朝のうちは若様と一緒にいられました。
「七法師と一緒だと、なにをしていても楽しいなあ」
「俺も行きたいなあ。でもきっと家老に叱られるよなあ」
お殿様は悲しそうにぼやきました。明日は剣を眺めている暇などなさそうです。
「むうう」
牛のようなうなり声を上げたお殿様は、ガバリと身を起こしました。
「ならば、今夜のうちに見ておくか」
目玉をぐりぐりっと回したお殿様は、次の間をそっとうかがいました。小姓の
「しめた!」
お殿様は寝間着のまま、こっそりと寝間を抜け出したのでした。
龍の剣は大事に布にくるまれたまま、昼間置いた場所にありました。お殿様は神棚の隅に火皿を置くと包みをそっと手に取りました。布を解くと、まぶたに思い描いたままの美しい刃がきらきらと輝きました。まるで満月が宿っているようです。
「おお」
お殿様は満足げにため息をもらしました。
龍の剣には刃に水紋のような美しい模様がありました。剣を胸の前に捧げ持ち、惚れ惚れと見とれていたお殿様でしたが、その眼差しが一点に止まるや、眉間にしわが刻まれました。
「なんだこれは。
氷のような刃に暗い染みが生き物のようにうごめいています。妖しげな染みは人影のようにも見えました。男か女かは定かでなく、ぼんやりとした影法師です。お殿様は背後を振り返りましたが、天守の間にいるのは自分一人でした。
そのとき。手にした剣から、
――よくぞ来た。素羽鷹の殿よ。
それは乾いた砂を吹き散らすような声でした。
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