十一章 鬼将軍(4)
「何者だ!」
剣を放り出したい恐怖に堪えて、お殿様は尋ねました。
すると
――腰抜けめ。腕が震えているぞ。
たったいま影がゆらりと揺れて、こちらに近づいたように見えました。
背筋に冷たい水を浴びたような心地がしましたが、そこは勇猛果敢なお殿様のこと。歯を食いしばって気合いを入れました。
「妖怪めが! 退治してくれる!」
――天下の噂を言うたまでよ。素羽鷹の殿も家来も、うち揃って腰抜けだそうな。
「黙れ、黙れ。無礼者め!」
かっと頭に血がのぼったお殿様は剣を神棚の棚板に突き立てました。
すると逆さに立った剣から、影がまた
――戦さを知らぬ、血を見たこともない
「ほざくな! 我が素羽鷹の兵者は、一騎当千の猛者揃いだ!」
――戦となれば役立たずよ。とは天下の噂。
「黙れ! いざとなれば敵など皆殺しじゃ!」
お殿様は怒りに我を忘れて大声で
――ほほう。それは
お殿様は虚を突かれて息をのみました。
「まさかそんなはずはない!」
素羽鷹は周囲を五つの国に囲まれています。東に
――笑わせてくれる。不戦の契りなど信じておるのは、おぬしだけじゃ。
「なにを言うか!」
――奴らは手を組み素羽鷹を裏切ったのだ。素羽鷹の地を山分けにする
「ばかな。そんなことがあろうはずがない」
影がまた嗤いました。
――ほとほとあきれたものよ。ろくな物見をおかぬと見える。
「でたらめを言うな!」
――でたらめで無かったら、どうする。
「どれほどの敵が来ようと、打ち伏せてくれるわ!」
お殿様が目をむいてにらみつけても、影はいっこうに応えた風ではありません。
――素羽鷹がいかに強かろうと、五国から一度に攻められれば、ひとたまりもあるまい。
「うぬ」
お殿様は奧歯をぎりりと食いしばりました。たしかに一度に攻められればどうなるか。それは苦しい戦いになるに違いありません。
――おぬしの子供は八つ裂きにされような。家臣どもも皆、打ち首になろうぞ。
「そんなことは、俺が許さん!」
怒りに体が震えました。お殿様にとって七法師や御家来衆の命より大切なものはありませんでした。
――許さぬとな。では、どうする。打つ手はあるか。
「それは」
――さて、どうする。
お殿様の額からたらたらと汗が流れました。七法師や家臣たちの身が危ないとしたら。考えただけでお殿様はわなわなと震えました。どうする。どうする。目の前が暗くなったとき、影が言いました。
――素羽鷹の殿よ。この剣を使うのだ。
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