四章 妙見菩薩の剣(3)

「大バカだ。盗人に追い銭とは、さぞ後生ごしょうがいいだろうよ」


 せせら笑った山伏が足を早めたので、かついだ錫杖がまたやかましく鳴りました。この山伏はあちこちでこんな盗みをはたらく小悪党だったのです。

 街道を急ぐと左手に黒い岩山が見えてきました。まわりの森は豊かに葉を茂らせているのに、その岩山だけには草木が一本も生えず、荒々しい岩肌を風にさらしています。


「あれが首無塚だな。老いぼれが、祟るなんぞとおどかしやがって」


 山伏は鼻で笑いました。


「ただの貧相な塚山じゃねえか。世間知らずの田舎もんが」


 行く手の三つ辻には楠木の大木が太く根を張り、縄で編んだ魔除けの蛇が大枝に絡ませてありました。その根方には馬頭観音ばとうかんのん様を刻んだ道しるべが立っています。ここから東へ進めば東條の国ですが、草に埋もれそうな細い道が北西の方角へと続いていました。

 そのとき。風に乗ってざわざわと人声が届きました。ピクリと耳をそばだてた山伏は、いま来た道を振りかえりました。追っ手かもしれません。


「このまま東篠まで突っ走るか。それとも、どこかに隠れるか」


 思案しかけた山伏はいいことを思いつきました。


「やつら、俺がまさか街道をそれるとは思うまい」


 おそらくは追っ手も、あの神主同様に首無塚が恐いはずです。


「どれ、鬼のお宝とやら。拝見させてもらおうか」


 欲深い目で笑った盗人は北西の道を選びました。

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