十八章 草薙姫(1)
おなかがグーと鳴る音で目を覚ますと、頭の上に夕焼け雲が流れていました。
「しまった。晩御飯の時間まで遊んじゃった!」
あわてて身を起こそうとすると、若様の胸の上には虎千代が、股の間にはイノシシのぼうやが眠っていました。
「お目覚めになりましたか」
寄り添って風よけになってくれていたイノシシのお母さんが優しい眼差しで若様を見下ろしました。ふいに若様の瞳から涙がこぼれました。大怪我をした家老や、石の目をした父上の眼差しが一度に甦ってきたのです。
「どうしたの、わかさま?」
お母さんが濡れた頬を舐めてくれました。
「僕、もう若様じゃないんだ」
若様は泣きながら言いました。
「もう、お城には帰れないんだ」
「泣かないで。若様。今度はわたしが、あなたをお守りしますからね」
大きなお母さんは小さい二人を起こさないように、そっと立ち上がると、鼻先で草むらをかき分けました。
「ここに食べ物がありますよ。召し上がれ」
そこにはお芋が山のように積まれていました。お母さんが集めておいてくれたのです。
「ありがとう」
お腹が空いて目が回りそうでしたが生では頂けないので、焼いて食べることにしました。小石を集めて平らに並べました。そこに乾いた枯れ枝を互い違いに組んで、火打ち石でほくちに火をつけます。ほくちから枯れ枝に火を移し、炎がおきたところに、固い枝に刺したお芋をかざしました。若様がどうしてこんなことを知っているかというと、お里ばあのお手伝いが大好きだったからです。いい匂いがしてきました。虎千代が鼻をうごめかして目を覚ましました。
「おいでよ。虎ちゃん」
若様と虎千代は焼けたお芋を分けあって食べました。お芋はほっくりと香ばしく、おなかが暖かくなりました。若様はこんなに美味しいお芋は食べたことがないと思いました。そういえば二人は朝から何も食べていなかったのです。そこへイノシシのぼうやが、大きな枝をくわえて引きずってきました。
「ワカとトラに、あげるの」
枝にはガマズミの熟した赤い実がたくさんついていました。
「うわあ、ありがとう!」
みずみずしい赤い実は、甘くてほんのり酸っぱい味がしました。
「ふう。御馳走様でした」
「うう。おなかが苦しいです」
おなかがいっぱいになると、ぼうやが若様のお尻を鼻で押しました。
「今度はなあに?」
「こっち」
ぼうやが案内してくれたのは、石段と大木に挟まれた窪地でした。そこには枯葉がうずたかく積もっていました。子どもたちが食事をしている間に、お母さんがせっせと乾いた葉を集めて寝床をこしらえてくれていたのです。
「これなら木枯らしが吹いても暖かいですよ」
イノシシのお母さんが枯葉の山から顔を上げて頬笑みました。
若様は胸がどきんとしました。優しい眼差しがお里ばあを思い出させたのです。花野子ちゃんや先生やお城のみんなは今頃どうしているでしょう。早く助けにいかないと、みんなも石の目になってしまうかも知れません。
「ごめんなさい。僕たちは先を急がないといけないんです」
別れを告げるのは、ほんとうに辛いことでした。
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