十三章 虎千代(3)

「虎ちゃん、さっきはありがとうね」


 ひとしきり泣いて、すこしだけ気持ちが晴れた若様は、虎千代の短い前足をそっと握りました。虎千代は若様を励ますように、その手をぺろぺろとなめました。


「さっきはどうして虎千代が咆えたら、鬼将軍の金縛りが解けたんだろう?」


「おん」


 虎千代は丸い瞳で若様を見上げました。


「虎千代が犬護法だからかなあ」


「おん、おん」


 虎千代は若様の胸に前足をかけると、涙に濡れた頬をなめて尻尾を振りました。


「ああ、虎千代と話ができたらなあ」


 若様がため息をつくと、虎千代がやおら若様のお尻の下にもぐりこみました。


「なに? どうしたの?」


「おん!」


 虎千代が帯から下がった印籠いんろうをくわえて引っ張ったので、若様は尻餅をつきました。


「いてて。なんだい。この印籠が欲しいのかい?」


 印籠のふたを開けると、まず小さな巾着袋きんちゃくぶくろが出てきました。虎千代はふんふんと巾着の匂いを嗅ぎました。


「これは母上のだよ」


 袋に染みついた白檀びゃくだんの香りを嗅ぐと甘酸っぱい気持になりました。巾着のひもをほどくと、なかから深碧ふかみどり勾玉まがたまが出てきました。優しい手触りがする勾玉の穴には細いにしきのより紐が通してありました。鼻の奥がつんと痛くなりかけて、若様は急いで勾玉を袋に戻しました。それから印籠をひっくり返すと小石やドングリに混じって赤い小さな石が出てきました。


「オン!」


 虎千代がパタパタと尻尾を振りました。


「聞き耳ドングリだ。そういえばお晴が入れてくれたって言ってたっけ」


 若様が目を輝かせました。


「これで虎千代とも話せるかもしれないぞ」


 若様が聞き耳ドングリを耳に入れた途端、頭の上から威勢のいい声がふってきました。


「よう! 若様。今日も朝から隠れん坊ですかい?」


 シラカシの小枝の間から、リスのつぶらな瞳が笑いかけました。

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