二章 聞き耳ドングリ(2)

「それにしても、さっきはどうしたの。モモンガみたいに空を飛んでたけど」


 若様が尋ねると、リスは大きな口を開けて笑いました。


「モモンガですか。こいつはいいや」


 若様もつられて笑いました。


「まったく。とんだ大失敗でさあ。お、こいつはうまいね。飛んだだけにってね」


 自分のシャレに手を打ったリスは、ひょいと後足で立つと城山の紅葉を指さしました。


「ゆんべの嵐でお山のドングリが一斉に落ちましてね。その弾む音がポンポンポンポン響いて、一晩中そりゃあ、にぎやかなもんでしたよ」


「へええ」


 お月様の光をはじきながら雨のようにドングリが降ってくるところを想像して、若様はうっとりしました。


「夜が明けるてえと、わっしはドングリをかき集めにかかりましたんですよ。せっせ、せっせと前足も後足も、こうして尻尾まで使いましてね。集めても集めても、集めるそばからまだ落ちてくるんですよ。いやあ、忙しいったらなかったですなあ」


 リスが身振りよろしく話すので、若様はおかしくてたまりません。


「ドングリの山がいくつできましたかね。最後に積みあげた山のてっぺんで、わっし

が一息入れたところで、ツルッと足を踏みはずしましてね。リスも木から落ちるてえやつですな。ハハハ。するってえと、きれいに積み上げたドングリが片っ端から崩れやがって、コロココロコロコロコロコロコロ。わっしを乗っけたまま、雪崩を打って流れ出したんですわ。いやあ、たまげたね」


 若様はお腹を抱えて笑いころげました。


「わっしときたら、ドングリと一緒に、わああって、えらい速さで流されちまった。勢いがつきすぎたんでしょうな。ついにフワッと体が浮いたね」


「えええ?」


 リスの話し方があまりに上手で、その姿が目に見えるようでした。


「そこに横っ風がぴゅうっと来た。体が浮いたと思ったら、気がついたら空を飛んでるんでさ。もう驚いたのなんの。あんなこたあ、生まれてはじめてでさあ。、モモンガの野郎、毎日こんな真似してやがったとはね。あいつは見かけによらず大胆不敵だいたんふてきですぜ」


 若様はあまり笑い過ぎて、息が苦しくなりました。


「あはははは。ああおかしい。そうだったの。それは大変だったねえ」


「面目ねえ」


 リスは耳の房毛をかいて照れています。


「でも、そんなにドングリを集めてどうするの」


 若様は袖で涙をぬぐいながら訊ねました。


「どうするって。そりゃ食べるんですよ」


 今度はリスが大笑いしました。


「雪が降るってえと、これっぽっちの食べ物もなくなりますからね。うちのかかあとガキどもが一冬越せるだけのドングリを、今のうちにこうして蓄えておくんでさあ」


「そんなに貯めたら、家の中がドングリだらけにならないかい」


「それそれ。そいつがめっぽう困りもんです。春が来るまでは、積みあげたドングリの上で飯食って寝てますからねえ。狭苦しいったらないですよ。どうやっても巣穴に入りきらない分は仕方ないから、あちこちに埋めて隠しておくんですがね。しまいにゃ、どこに埋めたか分からなくなっちまって、春に芽が出て、おお、ここだったかって、思い出したときには手遅れでさあね」


 二人がまた大笑いしているところへ、街道の方から若様を呼ぶ声が近づいてきました。

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