三章 辰の年辰の日辰の刻(1)
お堀端の山門から森のなかの細道を登ってゆくと、見通しの良い台地がひらけます。その縁に沿って
「御家老様。持ち場を離れまして、申しわけありません!」
「御家老様、お許し下さいませ!」
「油断大敵じゃ! 以後は気をつけるように」
家老がひとわたり睨みつけただけで通り過ぎると、門番たちは冷や汗をぬぐいました。みんなも僕と同じに家老が恐いんだなと思うと、若様は愉快になりました。門をくぐると、ぷんと馬糞の匂いがしました。ここはもう素羽鷹城の中です。
馬屋の角を曲がると八日に一度の市の立つ広場があります。広場を囲んで鍛冶屋さんや大工さんたちのお家が立ち並びます。そこを突っ切って短い石段をのぼり、木戸のある門をくぐると、坂道の両側に御家来衆の家屋敷が並んでいます。この坂道の一番高いところにあるのが「
二の丸舘は名主さんの家より部屋数が四つ多いだけの普通の屋敷でした。お殿様がみんなから相談事を聞く「一の間」や「二の間」、家老が仕事を取り仕切る「お役所の間」、御家来衆がみんなで
二の丸舘の玄関では、ひょろりと背の高いおさむらいが
「あ、父上だ!」
若様が嬉しそうに叫ぶと、虎千代も喜んで尻尾を振りました。
「七法師。遅いぞ。何をしておった!」
素羽鷹城の第十一代当主、
「じきに辰の刻ではないか!」
「あれ。でも、こどもはだめって……」
まごまごしている若様を肩にひっかつぐなり、お殿様はわらじを蹴飛ばして
「大椎。度会。俺につづけ!」
「ははあ!」
家老はすぐさま身軽く走りだします。虎千代を小脇に抱えた先生も、みんなの後を追いかけました。三人の足音が二の丸舘に響きわたります。
「父上。僕も天守閣に登ってよくなったのですか」
お殿様の骨張った背中で上下に揺さぶられながら、若様が尋ねました。
「よくない!」
お盆を捧げて廊下の真ん中で固まっている
「よくはないが許す! 見たいものは見ろ!」
お殿様が高笑いしたので、若様は歓声をあげました。
お殿様の大きな目玉はいつでも何かを待ち受けるように輝いています。ひげを蓄えた大きな口は誰よりも大きな声で笑います。若様はいつも陽気な父上が大好きでした。その間に和真先生はお殿様が跳び越えた御女中に、若様の着替えを天守の間まで届けてくれるように頼みました。
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