鬼将軍と龍の宝

来冬 邦子

はじまり

「空から見ると素羽鷹沼そばたかぬま勾玉まがたまのかたちをしているのだ」


 若様にそう教えてくれたのは、ハヤブサの不動丸ふどうまるでした。


「へえ、勾玉のかたち?」


 若様と仲良したちはお城の天守閣から素羽鷹沼を眺めているところでした。

 青い空からヒバリが呼べば、夏草の丘から馬たちが応えていななきます。アシやマコモの水草が丈高く茂る水際には、カイツブリやオシドリたちが鳴きかわしていました。青やかな湿原からはじまる水辺はどこまでも広く、まるでいだ海のようでした。沼のまわりに連なる丘はおだやかな起伏をくり返すばかりで高い山はありませんから、沼の形を知っているのは、空を渡る鳥たちだけなのです。


「違うさ。オタマジャクシさ!」


 若様の右肩から、くちばしを突きだしたのはヒヨドリのギーチョンです。

 体は不動丸の半分もないくせに、声ときたら何倍も大きいのです。


「丸くてシッポがあるのさ!」


 欄干らんかんにとまった不動丸はその黄水晶のような目をひょいと寄り目にしただけでしたので、若様のおともの、狼の虎千代とらちよが代わりに言いました。


「勾玉にもシッポがありますよね」


「そうだね」


 若様の持っている碧色みどりいろの玉は、くりくりとした手ざわりが心地良いものでした。


「そうなのか。そんなら、マガタマでもいいさ!」


 ギーチョンは薄茶色の胸を機嫌良くそらせました。


「勾玉とオタマジャクシは、そっくりなんだね」


 若様が言いました。


「素羽鷹沼もそっくりさ」


 ヒヨドリがけたたましい声で笑うと、不動丸もふふんと鼻で笑いました。ハヤブサとヒヨドリはこれでも仲が良いのです。




 鳥たちの言うとおり、素羽鷹沼の南半分は丸い形をしていました。そして北の半分はゆるゆると弧を描きながら細くなり、マコモやアシの茂る湿原の奧へと消えてゆくのです。その先にあるという底無し沼には、かつて龍がすんでいたと伝わっています。千年も昔のはなしですが。


 これは素羽鷹沼の龍を捜しにいった、小さな若様のおはなしです。


 さて、はじまり はじまり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る