一章 お城の若様(3)

 隠れていたやぶから這いだした若様は、まずひとつクシャミをしました。

 すると、その合図を待っていたかのように、コロコロコロンと小さな丸いものが転がってきて、わらじの爪先にコツンと当たりました。


「あれ、ドングリだ」


 若様は嬉しそうに指でつまみ上げて、たもとに入れました。なぜかドングリを見つけたら拾わずにはいられないのです。すると、続けてまたひとつ、ドングリがコロコロと転がってきました。


「あれ?」


 コロコロ。コロコロ。

 コロコロ。コロコロ。


「あれあれ? あれあれ?」


 あとからあとから、ドングリが転がってきます。あっという間に、足元がドングリだらけになりました。


「なにこれ?」


 若様は腰をかがめて木陰を透かして眺めました。すると。

 低い地響きとともに、木立の斜面をゴロゴロコロコロと、ドングリが滝のように流れくだってくるではありませんか。


「うわあ!」


 あわてて飛びのいた道ばたにはドングリの滝壺ができました。ドングリは道一杯にあふれて、あちこちで山を築きます。お堀にこぼれ落ちたドングリは、ポチャン、ポチャン、と夕立のような激しい水音を立てました。


「なんだ、これ?」


 若様が目をみはっているところに、ごうと風が吹きました。すると。


「もぎゅうぅぅぅ!」


 風の中から変な声が聞こえました。


「なんだ、あれ?」


 茶色いえりまきのような物体がシラカシの梢を低くかすめ、お堀の方へ飛んでゆくではありませんか。手を伸ばして捕まえようとしましたが、あとわずかで届きませんでした。


「待てえ!」


 走って追いかけた若様は、ドングリで滑ってステンと転びました。


「あ痛たた」


 道一杯にあふれたドングリは踏めば滑るし転べば痛いし、さっぱり前に進めません。やっと木橋のたもとにたどりついた頃には、わらじがどこかに消えてしまいました。


「さっきの変なの、どこにいったろう?」


 若様は橋の上で背伸びをして辺りを見回しました。すると。


「むむッ! もがあー」


 妙なうなり声が真後ろから聞こえました。急いで振り返ると、さっきのえりまきがチャポンと水に落ちるところでした。花いかだのように水面をおおうドングリの隙間で、えりまりが水をはねかしてもがいています。


「大変だ! えりまきが溺れる!」


 果たしてえりまきとは溺れるものなのか、考えるいとまもなく若様は水に飛び込みました。お堀の水かさは若様の肩よりわずかに高いくらいでしたし、夏場にさんざん遊び慣れた場所でしたから、恐いとは思いませんでした。ところが。


「うひゃあ!」


 この朝の水の冷たさは氷のようでした。全身がぎゅっと強張こわばりました。おまけに袴がクラゲのように浮いて若様の足をすくいます。あおむけに浮きあがりそうになって、あわてて手と足で橋げたにしがみつきました。袴がこんなに厄介な代物とは思いませんでした。そういえば夏場はふんどし一丁でしたっけ。なるほど。それで泳ぐときは裸んぼになるのかと納得しているところへ、さっきのえりまきが橋をくぐって流れてきました。

 若様は思いきり手を伸ばして、その柔らかいものをつかみました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る