二十六章 龍退治(3)

 一方、北の大国を治めるなめくじ公方くぼうの舘では。


「なに。素羽鷹が武石を攻めるだと」


 素羽鷹に送り込んである物見からの報告に、その身を乗り出したのは蛞公方その人です。でっぷりと太った体に豪奢な錦の綿入れを巻き付けています。そこらじゅうに置かせた火桶ひおけのおかげで、この部屋だけ春のようでした。


「素羽鷹の筋金入りの戦さ嫌いはどうしたのだ」


「なんでも乱心したとのうわさです」


 公方よりも恰幅かっぷくの良い家老が、扇子で口元を隠しながら疑い深そうな目をきょろきょろと動かしました。


「武石はどう出るつもりなのだ」


「それが、物見の報告を信じようとせず、守りを固める気配がないとのことで」


「例の不戦の誓いか。素羽鷹もバカなら武石も大バカだな」


 蛞公方は南蛮国の犬のような顔をゆがめて笑いました。


「公方様。これは印波六国を手に入れる絶好の機会かと思われます」


「うむ。その通りだ。急ぎ兵を挙げよ。二千もあれば足りるだろう」


「ははっ。素羽鷹城を落とすのですな」


「いや。まずは武石だ」


「素羽鷹ではないのですか。今ならば城の守りが手薄なのでは?」


「愚か者。ろくに守りもしない武石を勇猛果敢な素羽鷹軍と挟んで落とす方がたやすいではないか。その結果、素羽鷹が我らと組んだ卑怯者との噂が広まれば、印波の他のやつらも浮き足立とうと言うものよ」


「なるほど。では素羽鷹と同盟を結んだように見せかけるのですな」


「そうよ。武石が済んだら素羽鷹を潰せばよいこと」


「お見事な計略ですな、公方様」


「一国ずつなら、ものの数にも入らぬ小国どもじゃ。不戦の絆こそが印波六国の盤石ばんじゃくの城壁であったものを、自ら捨てるとはな」


「呆れたバカどもですな」


「呆れたバカどもじゃ」


 蛞公方と家老は膝を打って笑いました。

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