二十七章 若様と鬼将軍(1)

「ギーチョン! 大変だあ! ギーチョン!」


「何事だ。あのヒヨドリがまた騒いでるな」


 チョウゲンボウの狭霧丸が身構えると、クチバシを開けたヒヨドリが放たれた矢のように飛んできました。


「どうしたの? ギーチョン」


 若様が両手を広げると、ギーチョンはそのふところに飛び込みました。


「たあい、ギー! へえん、チョン! ゲホッ! ケフッ! 水っ!」


 ギーチョンは叫び通しに叫んでここまで来たものですから、喉がカラカラでした。

 若様は急いで泉の水を汲んでひよどりに飲ませてやりました。


「ゲホゲホ。おにっしょぐんがぁ、ギー。もうすぐ、ここに来るッチョン」


「それは大変だ!」


 若様がギーチョンを抱いたまま走り出すと、花野子ちゃんと虎千代と先生もついてきました。


「急にどうしたんだ。若様?」


 和真先生が走りながら訊きました。


「鬼将軍がもうすぐここへ来るって、ヒヨドリが言ってるんです!」


「いつからヒヨドリの言葉がわかるようになったんだ?」


 花野子ちゃんが訊きました。


「僕、聞き耳ドングリっていうのを耳に入れてるんだ。誰とでも言葉が通じるんだよ」


「すごいな。昔話の宝物みたいなものを持ってるな」と花野子ちゃん。


「そうか。それでリスやモモンガとも仲がいいんだね?」と和真先生。


 二人がしきりに感心するので、若様は赤くなってこたえました。


「リスの倫太郎さんが大事な宝物をくれたんだよ」


 三人と一羽と一匹が龍宮島の波打ち際までいってみると、霧の向こうからつちを打つようなズシンズシンという響きと大きな水音が、少しずつこちらに近づいてくるのでした。


「あれはなにをしてるんだろう?」


 和真先生が聞き耳を立てて考え込みました。


「わかさま。たくさんの馬の声がきこえます。あれは素羽鷹の馬たちです」


 先生より耳の良い虎千代が言いました。


「素羽鷹の馬の声が聞こえるって、虎千代が言ってる!」


 若様は狼の言葉のわからない二人に伝えました。


「お殿様と御家来衆だ。どうやって底無し沼を越えたんだろう?」


 花野子ちゃんが真っ青になりました。


 若様は飛び石の亀たちに呼びかけました。


「亀さん。これから乱暴なお客さんが来るから、どこかに隠れておいで」


 それをきいた亀たちは次々に水に沈みました。


「すごいな。聞き耳ドングリ」


 花野子ちゃんにほめられて、若様は嬉しそうに顔をほころばせました。


「鬼将軍はここに龍の三宝があると考えてやってきたのだろう。早く逃げなくては」


 先生が子どもたちに言いました。


「でも先生、小さい龍を置いてはいけないよ」


 若様が言いました。


「それなら龍もつれて、龍の鏡で小さくなって、鳥の誰かに運んでもらおうよ」


 花野子ちゃんが知恵を出しました。


「それはできない」


 いつの間にか頭上の梢に留まっていたチョウゲンボウが言いました。


「龍はこの島の霧だけを食べて成長するのだ。昨日生まれたばかりの龍が龍宮島を離れれば死んでしまう」


 若様が通訳すると和真先生は頭をかきむしりました。


「困ったな。どこかに隠れるしかないか。だが、こんな小さい島のどこに隠れたものか」


「だけど――」


 若様は言いました。


「龍はまだ小さいから三宝を持っていないんです。それが分かれば鬼将軍も龍をいじめたりはしないんじゃないかなあ」


「そうとは限らないよ。相手はなにしろ情け容赦のない魔物なのだからね」


「でも、先生。鬼将軍はほんとうは素羽鷹の御初代様なんでしょう?」


 花野子ちゃんが言いました。


「ええっ! それほんと? 御初代様なの?」


 若様はビックリしました。


「うむ。お名前はお殿様と同じ素羽鷹龍恩様だ。無念の最期を遂げた御初代様が子孫のお殿様に取り憑いて、今度こそ天下を取ろうとしているのだ。龍の三宝をつかってね」


 和真先生が眉間に皺を寄せて説明しました。


 どうしたらいいのでしょう。花野子ちゃんは次第に近づく地響きから耳を塞ぎたくなりました。


「大丈夫だよ」


 ふいに若様が明るい顔でにっこりと笑いました。


「なにが?」


 花野子ちゃんがいぶかしげにその顔を見つめました。


「ちゃんと話せば分かってくれるよ。うちの御初代様なら揉め事があっても争ったりしないんだ。鴨鍋とどぶろくで誰とでも仲良くなってしまうんだから」


「若様、それは素羽鷹の昔話だろ」


 花野子ちゃんが呆れた顔で言いました。


「昔話はうそじゃないよ! 昔の人の伝えたかった心がこもってるんだ!」


 若様は真面目な顔で言い返しました。


「僕が御初代様に戦をやめるようにお願いするよ」


「それは無茶だ! 若様!」


 和真先生も若様の袖をとらえて言いました。


「鬼将軍は若様を斬ろうとしたじゃないか。おそらく昔の御初代様ではないのだ」


「そうだよ、わかさま」


 花野子ちゃんも止めました。


「御初代様は面倒見の良いお人好しだったのに、仲間たちに裏切られて狂ってしまったんだってよ」


「それが本当なら、よけいにかわいそうじゃないか!」


 若様は小さなまげを振り立てて叫びました。


「僕は御初代様みたいに誰とでも仲良くするお殿様になりたいんだ。素羽鷹に暮らす鳥たちやけものたちのことも大事にできるお殿様になりたいんだ」


「わかさまはぼくがお守りします!」


 虎千代がオンと吠えました。


「わかった。それならば、話を聞いて貰えるような策を立てようじゃないか」


 和真先生が言いました。


「龍の鏡を使って大きくなって、ペチャンコにやっつけるのはどうでしょう?」


 花野子ちゃんが勢いこんで言いました。


「待て、待て。中身は鬼将軍だが、入れ物はお殿様なんだぞ」


 和真先生が言いました。


「やっつけちゃダメだってば。話ができないじゃないか」


 若様も反対しました。


「そんなら、どうするんだよ」


 花野子ちゃんがむくれました。


「龍の鏡は使うけど。僕にいい考えがある」


 若様はこんもり茂った金木犀の森を見渡しました。

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