二十七章 若様と鬼将軍(2)

 お殿様と御家来衆はじきに龍宮島の渡し場までやってきました。

 美しい三日月型だった砂州は首無塚から飛んできた大岩で埋め尽くされ、いびつな醜い形に姿を変えていました。黒南風の背から降りたお殿様は、たゆたう灰色の霧の先に目を凝らすと、龍の剣を高くかざしました。すると、その刃から放たれた白い光が霧の向こうを指し示しました。


「龍はこの先にいるようだ」


 お殿様はここまで担いできた小舟を渚におろすように御家来衆に命じると、みずから櫂を握りました。


「おぬしらはここで待て。島から生き物が逃げてきたら、すべて殺せ」


 猿の大納言だけを舳先に乗せて、お殿様の舟は龍宮島へと向かいました。不思議なことに行く手をさえぎる霧は舟の先で左右に分かれて道を開け、小舟が行きすぎるとまた閉じました。やがてお殿様の小舟は龍宮島の白い砂浜にのりあげました。水底のようにとろりと薄暗い島には金木犀の香りが満ちていました。


「父上!」


 甲冑を鳴らして渚の白砂に降り立ったお殿様は首をめぐらせて竜宮島を見渡しました。若様は、石にされる目を見ないですむように木陰に膝をついて身を隠しています。隣には虎千代が控え、肩には狭霧丸が留まっています。


「姿を見せろ。おぬしが虎千代か」


 お殿様が問いかけました。


「おん、おん」


 虎千代が素直に返事をしました。


「ちがいます。ぼくは」


「わかさま、名前を言うな。石にされるぞ」


 返事をしようとした若様に狭霧丸が耳元で囁きました。


「う、僕はヘナチョコ丸です」


 若様は答えました。


「ヘナチョコ丸。龍のところへ案内しろ」


 お殿様の声は乾いた風が砂を掃くようでした。


「龍に何の用ですか」


 そう訊きながら若様は足が震えるのを止められませんでした。


「わしは龍の三宝を取りに来た。邪魔立てするな」


 お殿様は龍の剣を背中の腰帯に挟むと、腰に吊した重く大きな太刀を抜きました。


「龍は生まれたばかりです。まだ小さくて三宝は持っていません」


 若様は声まで震えてしまいました。


「ならば、かつての龍の三宝はどこだ。この剣があるなら残り二つもあるだろう」


「龍の鏡は僕がここに持っています」


「では、それを寄越せ」


 お殿様は、あっという間に若様の隠れている木陰に迫り、抜き身の刀を真横に払いました。金木犀の木は根元から切り倒され、地響きとともに横倒しになりました。しかし、それより早く狭霧丸は身を翻して逃げおおせました。若様と虎千代は龍の鏡の力で小さくなって、チョウゲンボウの足にしがみついていました。


「龍の三宝、どうでも渡してもらうぞ」


 若様の知っているお殿様とはまるで別人の声が暗い森に響きわたります。

 

「待ってください。その前に僕のはなしを聞いてください」


「いらぬ」


 お殿様は刀を担ぐと、若様の声のする方へ詰め寄ってきました。


 狭霧丸は梢から梢へと木の葉に身を隠しながら逃げましたが、お殿様は音でその位置をさぐりあて刀を振るいながら追ってきます。石斧のように重い刃が年経た木々を草のように薙ぎはらってゆきました。


「あなたは素羽鷹の御初代様ですか?」


 若様は狭霧丸の背中から訊きました。


「先祖の言うことをきく気になったか」


 お殿様は走りながら息も切らさずに言いました。


「僕は御初代様のようになりたいのです」


 これを聞いた途端、お殿様は足を止めると喉をそらして嗤いました。


「戦に負けて首を取られたいのか」


「違います。誰とでも仲良くして戦のない国を作りたいのです」


「そんなものは絵空事だ。わしの最期を知らぬとは言わせぬぞ。戦を無くしたいのなら、力尽くで天下をまるごと獲ることだ。さあ、わしに龍の三宝を寄越せ!」


 若様は狭霧丸から飛び降りると元の姿に戻って、お殿様をにらみました。


「ちがう! 天下は人間だけのものじゃない! リスやヒヨドリやモモンガやイノシシや生き物みんなのものだよ。力尽くで一人占めなんかしちゃいけないんだ! そんなこと、しようとするから喧嘩になるんじゃないか!」

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