三章 辰の年辰の日辰の刻(4)

 若様たちが天守閣に登っていた、ちょうどその頃。

 素羽鷹沼の東の岸の街道を北へ急ぐ山伏の姿がありました。肩にかついだ錫杖しゃくじょうが耳障りな音を立てて鳴りつづけています。


「へっへっへ。もうけた。もうけた」


 独りごちして笑うと首からさげた法螺貝ほらがいが腹の上で跳ねました。すると、すれ違う旅人たちがチラリとこちらを見て妙な顔をしました。


「おっと、いけねえ」


 人目をはばかってうつむきますが、つい、ひげづらがにやけてきて、やがてまた含み笑いをもらすのです。


「だめだ、だめだ」


 山伏は手のひらで自分の頬をはたきました。それからは足元をにらみつけて歩いていたので、お天道様が三つになったことに気がつきませんでした。

 しばらくゆくと、街道は大人の背より高いススキの枯れ野に包まれます。素羽鷹沼は左手に広がっているはずでしたが、銀色の穂波に阻まれて見通せません。ここまで来ると、街道を行き交っていた旅人の姿が途絶えました。


「よし。いまのうちだ」


 足を止めた山伏は用心深く辺りに目を配ると、背負ってきたおいから取り出したのは一振りの短剣でした。そのつかを両手で握りしめると山伏はぶるっと身震いしました。そして、もう一度見ている者がいないのを確かめると、剣を高くかかげました。朝日にかざした刃は、燃え立つ炎のように輝きました。


「すげえ宝だ」


 すっかり心を奪われた山伏は、枯れ野の向こうに光の柱が立ち昇ったことにも気がつきませんでした。

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