四章 妙見菩薩の剣(1)
この山伏は
「やれやれ。どこかにこの冷たい風を避けられるところは無いものか」
そんな折に運良く見つけたのが古びた神社のお
夜が更けたころ風が北東に変わりました。木々の梢が波立ちはじめ、やがて吹きつのる木枯らしに森がうねります。素羽鷹沼にも高い波が立ちました。肌を刺すように冷たい隙間風がお社に吹き込んでも平気で眠りこけていた山伏でしたが、何やらまぶしくて目が覚めました。
「もう夜が明けたのか?」
ねぼけまなこに天井が、ぼうっと薄明るく映ります。
はてな、と思いました。明け方にはうるさいほどに鳴き交わす鳥の声がまるで聞こえません。聞こえてくるのは荒々しい森のざわめきばかりです。そのとき、天井にバラバラと石つぶてを打ちつけるような音がして、ガタガタと激しく建物が揺れました。
「ひゃあ、おっかねえ。神社に化け物かよ」
屋根にドングリが落ちた音とは知らない山伏は身を竦ませて縮こまりましたが、いつまでたっても何事も起こりません。薄目を開けて様子をうかがうと、やっと明るさの正体に見当がつきました。壁板の節穴から月の光が二筋三筋漏れてくるのです。その夜は寝待ち月。月の出の遅い晩でした。
「なんだ。月明かりかよ。ふざけやがって」
山伏は悪態をついて寝転がりましたが、すぐにまたパチクリと目を開けました。月影にしては、やけに明る過ぎる気がするのです。山伏は、よいしょと起きあがってお社の中を見回しました。月明かりを入れようと扉を開けると、ごうと吹き込む北風とともに、濡れたような月光が内陣に祀られた御神体の姿を照らしだしました。そこには髪をみずらに結った童子姿の
「おお、これは」
山伏は息を飲みました。妙見菩薩様が右手に捧げている短剣が月光を宿したように輝いているのでした。氷のような刃には美しい波形の模様が浮きだしています。後ろ手に扉を閉めた山伏はニタリとほくそ笑みました。そして内陣ににじり寄ると、妙見菩薩様の手から剣を抜き取ります。短剣ながら、ずしりと持ち重りがしました。それを汚い手拭いにくるんで笈の中に突っ込むと、山伏はその上から被さるようにして両腕で抱きかかえました。
「しめた。しめた」
山伏は、くっくと忍び笑いました。
「こいつを売り飛ばせば死ぬまで遊んで暮らせるぞ。あとは逃げるが八計。もう半刻も休んだら、おさらばするか」
ふうと吐息をもらした山伏は、嬉しげにまぶたを閉じました。
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