二十五章 龍の鏡(1)

「御初代様がそのすえであるお殿様に取り憑いて、天下を取らせようとしているとしたら、それこそが龍の災いなのだろうな」


 和真先生は腕組みをして考え込みました。花野子ちゃんは古文書の一節を思い出しました。――彷徨う鬼は龍にあらず。三宝を龍の災いとなさん。


「龍の三宝を使ってですか?」


「うむ。あるいは龍そのものになって」


 花野子ちゃんはぞくりと寒気がしました。


「一刻も早く鏡を素羽鷹の龍にお返ししなければならないが、問題はどうやってうしとら沼へ行くかだなあ」


 二人は考え込みました。鏡権現の岸につないできた舟はもう使えません。街道はきっと御家来衆が見張っていることでしょう。


「いっそ、このモモンガさんに鏡を預けてはどうでしょう」


 花野子ちゃんが言いました。


「それは、いくらなんでも厚かましいのではないかな」


 和真先生は眉間に皺を寄せました。


「でも、俺たちが届けに行くより絶対早いですよ」


「ううむ。それもそうだが。モモンガさんの御都合もあるだろうし」


 これを聞いていた仙吉は、梢の先で笑いだしました。


「おいおい、モモンガさんの御都合は勘弁してくれよ。腹が痛えや」


 仙吉は花野子ちゃんの肩に、するりと飛びのりました。


「届けてやるのはやぶさかじゃねえが、こんな野っぱらに、あんたらを放っとけねえよ」


「あれ、来てくれましたよ、先生」


「ありがたいことだ。若様の友だちはみな、人の言葉がわかるようだな」


「ちがうって。わっしは倫太郎から、あんたらを無事に逃がすように頼まれたんだ。おつかいは今度にしてくんな」


 花野子ちゃんは懐から龍の鏡を取り出すと、仙吉に差し出しました。


「お願いします。これを素羽鷹の龍に届けてください」


「だからさ、おじょうちゃん。話を聞けって」


 仙吉は困って、タブノキの梢に飛び移りました。


 花野子ちゃんは、手の中の龍の鏡を見つめながらつぶやきました。


「俺と先生がこれくらいに小さくなれたら届けてもらえるのになあ」


 その瞬間でした。

 桜の花びらほどに小さくなった花野子ちゃんは、龍の鏡と一緒に仙吉の前足におさまっていました。


「ええええええ?」


 花野子ちゃんは大声で叫びました。


「花野子! どうしたんだ。なぜ、こんなことに?」


 小さくなった花野子ちゃんに和真先生の指が触れたとたん。


「わああああああ!」


 先生も叫び声とともに体が小さくなりました。

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