第6話 武器屋ドーティ、自信をなくす。
二日前の早朝、俺の目の前にアリスと名乗る少女が現れた。
何でもウチに居候したいそうだ。
宿代として、明らかに宝剣といえるような立派な剣を持って。
職人の見立てとしては、飾るにはいい剣だが武器としては微妙といったところだったが、敢えてそれを口には出さなかった。
――何せ途轍もない美少女だ。
王都にもこれほどの美少女はいないだろう。田舎町マインズなら尚更。
そんな娘がウチにいたいという。おまけに店も手伝ってくれるという。
正直驚いた。何かの詐欺なのか?
俺を騙して何かしようってのか?
そんなことも考えたが、結局彼女を迎え入れることにした。
店に女の子がいると華やぐ。
しかもそれがとびっきりの美少女とくればなおのこと。
だから別に使えなくても、彼女がそこにいてくれるだけでよかった。
俺は店に、そして何より自分自身に潤いを求めていた。
もちろん、そんな表情は一切見せずに、仕方なくといった体をとったが。
まぁ、硬派な男としてのプライドってヤツだ。
ところが、だ。
彼女の腕は相当なものだった。
試しにと自身の短剣を研ぎ始めたのだが、悲しいことに俺よりも数段上だった。
この若さでどれだけの剣を研げばここまで上達するのか、想像もつかない。
これ以上ない即戦力だった。
冒険者養成学校へモンスターが襲撃という一報が入ってからこっち、引っ切り無しにやってくる修理の依頼で目の回る忙しさだったのだ。
俺は防具の補修に専念する一方で、アリスは武器を研ぎ、接客し、さらにお金のやり取りまで請け負った。
忙しいにも関わらず、彼女が笑顔を絶やすことはない。
そんな彼女が手を振ると、普段はムスっとした
気になって彼女を見に来た普段は武器屋に用のない男たちも、手ぶらじゃ恰好がつかないのか、安い剣などを買っていく。
口コミで武器屋の看板娘の話は町中に広がり、この日だけでアリスはマインズのアイドルになった。
アリスは本当によく働く娘だった。
客がいない時でもカウンターの拭いたり店の前の掃き掃除にと余念がない。
くるくると動き回る彼女を、俺はずっと目で追いかけていた。
彼女は手が空くと決まって、店の奥で職人道具を触っていた。
気がついたことでもあるのか、紙に走り書きをすることもあった。
何を書いているのか気になるところではあるが、覗き込むのも何だか小さい男のようで気が引ける。
そんなに武器屋の仕事場に興味があるのならと、俺は商品補充がてら新しい剣を何振りか打ってやった。
実はこれが俺の一番輝く瞬間である。
武器を打っていると知らないうちに人が集まっていて、じっと見られていたなんてことが多々ある。
好奇心旺盛な子供などは、近くまで寄ってきて興奮した表情を見せた。
打ち方を教えて欲しいと訪ねてくる弟子入り志願者も年に数人は現れる。
そういう反応を見ると、やっぱり職人としては気分がいいものだ。
そもそもこの町でまともに武器を打てる人間は俺だけだ。
他の店では基本的に余所から商品を仕入れて売る。
もちろんそれはそれで良品質な物もあるのだろうが、そこに武器屋としての魂が籠っているのかと問い詰めてやりたい。
それに今、この町は王都と荷物の往来がない状態なので、商品が入って来ず開店休業状態のところもあると聞いている。
まぁ、そんなコトは俺の知ったことではないが。
という訳で、俺は並々ならぬ気合を込めて剣を打ち込んでいたのだが……。
悲しいことに、彼女は俺のそんなカッコいい姿には全く興味を示さなかった。
アリスが一番興味を示したのは裏庭にある溶鉱炉だった。
あれ、いないな? と探せば大抵そこにいる。
周りをウロウロしながら、熱心に絵か何かを書き込んでいた。
俺の視線を感じていただろうが、そんなことは全くお構いなしだ。
彼女が観察していた炉は、元々は親父が命の次に大切にしていたもので、死んでからは俺が引き継いだ。
もう数十年使っているから少々ガタが来ているが、それでも当店の自慢であり武器職人の魂であることに変わりはない。
ちなみにこの町でコレを持っているのはウチだけだ。
鉄鉱石から鉄の延べ板にする作業も全てウチでやっている。
マインズに武器屋は三件あるが鉄製品に関してはどこの店にも負けない。
これはこの町の誰もが認めるところだと思う。
ちなみにこの炉は別に特別なモノでも何でもない。
大体、王国中の武器屋に設備されている炉は、全て同じ規格だ。
炉を作る職人集団が一つしかない為だ。
代替わりはしているだろうが、作る時は彼らに頼むしかない。
だから隠すほどの物でもないのだ。
好きなだけ見てもらって構わない。
俺はそれを熱心に観察する可愛い彼女を拝ませてもらうだけの話だ。
そして昨日のこと。
朝っぱらからカンカンという高い金属音で俺は目を覚ました。
いつもなら既に起きている時間なのだが、ついつい寝坊ってヤツだ。
前夜、アリスが晩御飯をごちそうしてくれたのだ。
ちなみに、可愛い感じの家庭料理かと期待していたら、予想外の男の料理だった。
無骨な男の野戦料理と言うべきか。
素材を生かすため調味料を極力控えた、塩味の絶妙な炒め物と野菜スープ、そしてパン。
それでも、凄く美味しかった。
その後、晩酌まで付き合ってくれた。
酒のアテの用意も完璧、そして何より美少女のお酌。
嬉しすぎて思わず飲み過ぎた。
二日酔いで痛む頭を押さえながら一階に下りて行くと、その金属音は裏庭から聞こえていた。
誇りある武器職人ならば、これは聞き違いようがない。
剣を打つ音だった。
――それも熟練者が打つ音。
一応この店は郊外にあるので、朝から打っても近所迷惑にはならない。
俺も開店前の空いた時間によく打っている。
裏庭を覗くと、そこには当然のようにアリスがいた。
一心不乱という言葉はこの様子を表現する為にあるのだと思った。
雑念無くただひたすらに打つ。
そして打つ。さらに打つ。
流れる汗を拭いもせず、集中を切らさず剣に向かっていた。
十歳で親父に弟子入りして、かれこれ二十年。
両親が死んでからも独学で黙々と打ち続けた。
最近ようやく自信がついた。
親父を越えたとは思わないが、この国でもかなりの実力があるはずだと自負している。
だが彼女は、そんな俺のちっぽけな自信をハンマーと細腕で粉々に打ち砕いた。
一息ついたのか、ようやくアリスは顔を上げた。
そして離れたところで佇んでいる俺に笑顔を見せる。
「……起しちゃったかな?」
「……いや。ただの寝坊だ」
「ゴメンね。勝手にここを使わせてもらってるわ。材料代は給料から引いといてね」
「別にいいよ、それぐらい。……それより、剣……打てたんだな」
アリスの身体からは風呂あがりのように、ほんのりと湯気が上がっていた。
絶え間なく滴り落ちる汗を服の袖で乱暴に拭う彼女は、とてもじゃないが乙女らしさの欠片もない。
それでも本当に美しかった。
「……それは? ウチで売るのか?」
「ううん、コレは自分用。冒険者たるもの自分の身は自分で守らないとね」
アリスはそう言うと、まだ製作途中の短剣を軽く振って、少し顔を
その光景を見ながら妙に納得していた。
何故こんな美少女がウチにやってきたのか。
俺のことが気に入ったからではないってことぐらいは分かっていたつもりだ。
モテるような顔している訳でなし、金を持ってる訳でなし。
単純にこの店に溶鉱炉と釜があったからだ。
自分用の剣を打ちたかったからだ。
だから俺の店に住み込みで働くことにした。
それだけのこと。
考えたら誰でも分かるような当然のことだが、それでも俺は少しだけ傷ついた。
アリスは晩飯を食べた後、軽く狩りに出ると言いだした。
試し切りしたいそうだ。
結局彼女は店番をしながら、空いた時間を使って鉄製の短剣を二振り完成させた。
まだまだ細かい作業が残っていると口にしていたが、それでも店に並んでいるモノよりは出来がよかった。
「仲間はいるのか? 一人だと危険だからやめておけ」
「大丈夫。このあたりの魔物は大したことないから。一人で十分よ」
そんなやりとりの後、彼女は何の気負いもなくフラリと家を出た。
そして今朝。
夜が明け、俺が少し早めの朝食を摂っていた時のこと。
やけに大きく膨らんだ荷物袋を抱えたアリスが店の裏から入ってきた。
「……あれ? 今日は早いんだね?」
俺が起きているとは思っていなかったのか、彼女が驚いた顔を見せた。
「……いつもは大体この時間なんだよ」
もちろん嘘だ。
無事に帰ってくるのか気になって眠れなかっただけの話だ。
「そう……。で、この毛皮、買い取ってくれる?」
そうやって取りだしたのは狼の毛皮。頭付きで八頭分だ。
でもこれはただの狼じゃない。
「……牙狼か?」
この町から少し離れた森を根城にしている夜行性で凶暴な狼のモンスターだ。
ここのギルドでも討伐命令が出ていたはずだ。
群れで行動するので多人数パーティ推奨だったはず。
「ドーティの都合のいい値段でいいよ。世話になってるから」
そう言いながら次に取りだしたのは大きめのビンだ。
得体の知れない白い半透明の液体で満たされている。
「これは自分で使うから、飲んだりしたらダメだよ。山蜘蛛のマヒ毒だから、死ぬわよ」
山蜘蛛というのは言葉通り山に生息する巨大蜘蛛だ。
獲物を狩るときに出す糸にマヒ毒を練り混ぜて拘束する厄介なモンスターだ。
どうやらそれの毒らしい。
「これ……どうやって?」
「ん? 少しコツがいるの。殺さない程度に痛めつけてから抽出しないといけないんだけど、一匹から採れる量って限られてるからこれだけ集めるの結構大変なの」
「ちなみに……何匹?」
「……さぁ? 数えてないけど……十匹ぐらいかな」
牙狼八頭と山蜘蛛十匹それらを一晩で、それも試し切りで。
しかもまだ出来に納得してないらしく、剣を振りながら首を傾げていた。
――本当に何者なのだ、この娘は。
俺の方こそ首を傾げたかった。
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