第19話 クロード、アリスの思考を辿る(下)


 俺はしばらく収まる気配のない笑いに身を委ねていた。

 ようやく違和感、いやただのに気付くことが出来た。

 そう。


 ――使


 さっきも考えた通り、俺はセカイ最強だ。

 アリスが言った通り、今さらこの俺をどうこう出来る人間など存在しない。

 そしてセカイを脅かす魔王はいない。――俺が倒してやった。

 面倒な勢力争いも終結した。――こっちはアリスがやってくれた。

 もうこのセカイにおいて俺をわずらわせるモノなど何一つ残っていない!

 あとはこの俺がアイツの代わりに皇帝に君臨すればいいだけの話。

 むしろ新しいセカイで一から始めるよりも、この強さをもったまま好き放題できるこのセカイに残る方が、俺にとっては都合が良かった。

 そもそもアイツはこのセカイに飽きたと言っていた。

 ならば俺が有効に使ってやる。


 ――そう。

 ある意味俺たちにとっての最高の展開。

 

 たとえるならば、子供の頃にやったプレゼント交換ってヤツか。

 アリスは魔王と戦うことなく、俺が手に入れた宝具で新しいセカイを目指す。

 そして俺は俺でわざわざ2周目をするまでもなく、アリスがキレイに整えてくれたこのセカイをそっくりそのまま頂戴する。

 このやり方ならば全てが丸く収まるのだ。

 楽しめというのはだった。




「――ったく! だから、お前のやり方は分かりにくいって、さっきも言っただろうが!」


 どれだけ笑っても笑いが止まらない。

 おそらくアイツは俺の2周目の野望を聞いてすぐにコレを考えたのだろう。

 呆けたマヌケ顔を晒していたが、実際はとんでもない速度で頭を回していたに違いない。あの短い時間でこれ程の計画を一気に組み上げてしまうその鬼謀には恐れ入る。敵に回さなくて良かったと心の底から思った。

 

「――あぁ、アリス。お前は本物の天才だよ」


 間違いなく天才だ。

 

「この俺が理解出来ていなけりゃ、全く意味がなかったがな!」


 もし気付けていなかったら……。

 そんな未来を考えるだけでゾッとする。

 よくもまぁアイツの思考に追いつくことが出来たモノだと、今回ばかりは自分で自分を褒めてやりたい。

 どうやらマール神すらもあざむく為には、これぐらいのコトは簡単に出来ないと話にならないということかもしれない。事実アイツは完璧にやりたいコトを成し遂げてから3周目に行った。  

 それに引き換え、俺自身あのまま2周目を始めたとしても、望み通りの展開に持って行けたかどうかあやしいモノ。

 思い通りに行かずに破れかぶれになった結果、『野垂れ死に』なんてのも十分あり得た。

 それを考えると、好き勝手出来る今の環境がいかに恵まれているか身に染みる。


「だったら、初めからそう言ってくれりゃ良かったのに! ただ単に俺が痛い思いをしただけじゃねぇか!」


 こんな恨み節も出てくる。

 ただし笑いながら、だが。

 実際のところ、あの状況でアリスにこの提案をされても俺は信じ切れなかっただろう。結果俺たちの交渉は決裂することになり、アイツはここで俺に殺される。

 そして俺は何の計画もせず2周目に挑戦し、こころざしなかばで頓挫とんざ

 そんなマール一人だけが喜ぶという最悪の結末を迎えかねなかった。

 アリスはそれを避ける為、こういった強引な手を使ったという訳だ。 

 いやはや本当に頭が下がる。



 俺の含み笑いは、今までの比にならないほどの大きな地震によって強制的に止められた。派手に地面が揺れ、本格的に壁が崩れ始める。天井からもバラバラと欠片が落ちてきた。


「オイオイ、夢にまで見た悠々自適のハーレム生活が待ってるってのに、こんな場所で死んでられねえっつうの!」

 

 アリスの言い草じゃないが、魔王を倒しておきながら沈みゆく魔王城と心中なんて泣くに泣けない。 

 俺は床に転がっている三人に目もくれず、慌てて来た道を戻り始めた。

 



 

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