第20話 ニール、アリスの願いを聞く(一)

 

 武器を手に愛する民を守るすべを持たない私に出来ることは、ただひたすら机に積まれていく仕事を妹のメルティーナと一緒に片付けることだけだった。

 それにしても彼女との仕事は本当にはかどる。

 まるでもう一人私がいるみたいだ。

 …………今、想像してみて気持ち悪くなった。

 さて、気を取り直して仕事を続ける。


「租税徴収免除対象となっている補領のリストは――」


 私が顔を上げて誰にともなく尋ねると、妹が手元の報告書から一切目を逸らすことなく、脇に置いていた書類をこちらにスッと滑らせる。


「はい、どうぞ。……それよりも本領での余剰人員――」


 今度は私の隣で仕事をしていたフリッツがその言葉を遮りながら、そっと妹の手元に書類を差し出した。


「それなら私が纏めておきました。退役した元政務官の現場復帰に伴う能力査定結果はもう少しだけ時間を――」


「あ、それ、もう済ませています。こちらがその報告書です」


 割って入ったのは妹の隣に座るケイト。

 私たちの仕事にフリッツとのケイトが補佐が入ることで、恐ろしい程の仕事が消化されていった。二人とも実に嬉しそうに私や妹に扱き使われている。

 さすが従兄妹同士とでも言うべきか。

 そんな変なところも本当によく似ていた。

 特にフリッツは憧れだったメルティーナの仕事を間近で見ることが出来てニコニコしている。

 兄や私が妹のことを警戒しつつも、その能力自体は非常に高く評価していたのは一族の人間ならば誰でも知っていること。

 是非一緒に仕事をしたかったのだと、フリッツは出会って早々にそんな恥ずかしいセリフを妹に向かって躊躇いもなく放り投げた。

 妹はそれ以来、照れもあるのかどうもフリッツのことを苦手にしているようで、未だ彼を直視できていない。


「……ありがとう、助かったわ」


 犬が飼い主を見つめ、褒められるのを待っているかのような彼の視線に、メルは心底困惑したように下を向いた。そういう私も実はその視線に慣れるまで相当な時間がかかったものだ。


「……お前も私の気持ちを思い知ればいい」

  

 今まで気まま風の吹くまま好き放題して周りを振り回してきた妹の、珍しく困っている姿を見ると私は嬉しく嬉しくて仕方ない。ついつい機嫌も良くなり、そんな軽口も飛び出す。

 妹はそんな私の態度が気に障ったのか、机の下から脛を蹴り飛ばしてきた。


「ちょっとママ! 何してるのよ! 伯父様に失礼でしょ!」


 ケイトが止めに入ってくれるが、その声の響きは明らかにこの光景を楽しんでいる。

 私が勝手に健気だと信じていたこの姪っこも、実は妹そっくりの本性を持っていたのだと判明したのはつい先日のこと。

 なんと彼女は自分の障害になるオランドを魔王復活対処の慌ただしい雰囲気に乗じて手早く謀殺してしまい、その罪を議会という公式の場で堂々とゴールドに被せて見せた。

 あのやりとりを聞いていて、ある程度の者はケイトの企みだとすぐに気付いたことだろう。だがアリシア女王が何も言わない以上、誰も動かないし、私もそれに触れるつもりはない。

 私の目から見ても、オランドとゴールド両名はこれからの女王国には不要な人間に映っていた。……さすがに率先して殺そうとまでは思わなかったが。

 その辺りの容赦のなさも、ケイトは妹によく似たと思う。

 その二人をまとめて始末するという思い切りの良さが吉と出るか凶と出るか。



 正直なところあれだけ身辺に気を配っていたオランドを始末出来たことが、私の中でいまだに消化できていない。

 どのような手練れを使ったのか。

 とゴールドを結び付けたのはなのか。

 ゴールドの追い詰め方も含めて。


 ――ケイトはまだ


 姪としては可愛い過ぎるほど可愛い。

 政務官としても極めて優秀。

 だが一人の謀臣としてみればまだまだ未熟に思えた。

 結局彼女の行動が女王の沿だったから黙認されたに過ぎない。

 その証拠として女王から一切のお咎めが無かったどころか、そのをもってケイトには更に自由に動ける地位を与えられた。

 そういう意味で清濁合わさった女王国の水は、彼女たち二人にとって住み心地のいい場所なのだろう。

 メルティーナが女王に肩入れするには、するなり理由があったという訳だ。



 俯き、蹴られたすねの痛みに耐え続ける私の向かいから、やけに冷静な妹の声がした。


「ねぇ、ニール兄様。……どこか変だと思わない?」


 私はその懐かし過ぎる響きに目を見張った。

 

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