第21話 ニール、アリスの願いを聞く(二)

 


「――お前が変なのはいつものコトだろう?」


 私が頭を上げて言い返すと、もう一発すねに蹴りが飛んできた。さすがにコレ以上の痛みには耐えられないと、妹の射程距離内から足を隠す。


「もう! 茶化さないでよ!」


 彼女を睨みつければ、想像以上に真剣な表情で睨み返され、私は軽く咳払いをして誤魔化した。


「……何が『変』なのだ?」


「だから、この状況に決まっているじゃない!」


 そう言われてもさっぱりだった。

 私はそれなりに察しの良い人間だと自認しているが、妹と比べられるのは少々。ましてや説明不足もはなはだしい。


「私はずっと女王国で陛下の補佐をやってきたわ」


 それぐらいは知っている。

 そしてアリシア女王はこの性悪妹の影響を少なからず受けていた。

 作戦の細部に兄である私だけが受け取れる『妹の息吹』を感じて何度もげんなりしたものだ。そんな私の心の内を無視しして妹は続ける。


「だけど高度な判断は全部アリシア陛下の仕事だったの。責任の所在が陛下にあることを証明する為にもそれが必要だった。……だから陛下の仕事はそれなりに膨大だったわ。……もちろん単純な仕事は部下たちに丸投げだったけれど」


 あぁ。女王の人使いの荒さは有名だ。

 その辺りも妹の薫陶を受けている可能性があった。

 ……今はそれは関係ない。

 悲しいかな話の流れが読めなかった。

 私の表情にそれが出ていたのか、妹はじれったそうにこちらを睨みつけた。


「ホラ、こうやって仕事をしているでしょう? 今まではチラホラ『あぁ、これは陛下の判断だから私の仕事ではないわ』っていう案件が出てきていたの。……でもね、今はそれが無いの! あの陛下の仕事が、よ? 本当に無いの! もう全て私や兄様そして夫などで処理出来ちゃうの!」


「……本来、王とはそういうものだろう?」


 雑事をするのは臣下の役目だ。

 上に立つ者には別の仕事がある。

 臣下を監視し、信賞必罰を与えるという大事な役割が。

 ……そして国の一大事には矢面に立つ。

 いかなる組織でもそういうモノだ。

 あの女王がそれを理解していないはずがない。

 だが妹は「そんな話がしたい訳ではない!」と、苛立たし気にテーブルを叩くのだ。 


「彼女はアリシア女王陛下なのよ? 大事な場面は絶対に他人に任せることの出来ないから、危険も顧みず最前線まで顔を出すハメになってしまう、それでいて生きるか死ぬかなんて状況を心の底から楽しんでいる陛下よ! 今回だって結局誰も信じられないから魔王城まで出向いて!」


 確かにあの女王の演説は不自然過ぎた。

 単に自分が魔王城に行く、その結論ありきの説得で。

 皆が止める中、その声を無視して陛下をしいした冒険者クロードの名誉なんて後付けの理由なのは明白だった。

 女王国の面々が何も言わないから私も黙っていたが。


「自分のコトが大好きで、美味しいところをさらっていく為ならばどんな面倒な下準備もおこたらず、どんな苦労すらもいとわない典型的な目立ちたがり屋! ……それなのに、これからの女王国で彼女のすべき仕事が無いなんてありえない! ……それじゃあ、この先、あの娘は一体!?」


 ようやく妹の言わんとすることが理解できた。

 側近としてあるまじき主君に対する辛辣な評価だが、私の思っていたことと大体同じだったので、そこはあえて聞き流す。


「……つまり?」

 

 私が視線だけで妹の出した結論を促す。

 妹は舌で唇を舐めて潤し、先程と打って変わった平坦な声で言葉を絞り出した。


「……陛下はもうこの国で、このセカイで、『やりたいこと』が無くなったのかもしれない。……もしくは『』のかもしれない」


 何かを超越してしまった妹の目に吸い込まれそうになった。

 私は溜まっていた唾を飲み込む。

 静かな部屋にその音が響いた。 

 気が付けば仕事に追われていたはずの、フリッツとケイトまでも手を止めて妹の話に集中している。


「……陛下自ら魔王城に出向いた……と、そういうことなのか? もう国創りに興味はない、次に自分を楽しませてくれる『新しい何か』を探しに出かけた、と? …………もう、と?」


 自分で言っておいてそんな馬鹿な話があるかと思ったが、妹は我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷く。


「えぇ。……そうだとしたら、私にもという話よ」


「……私も、何となくその気持ちは分かるかも」


 ケイトも妹と同じような顔で頷いた。

 たとえ二人が分かったとしてもこちらとしては全く分からない。

 私はフリッツと顔を見合わせた。

 確かに妹はアンダーソン家令嬢としての『退屈な未来』に興味を失い、クロエという別人に生まれ変わった。

 

 ――アリシア陛下も同じだと?


 しかし、やり終えたと言われても、だから何なのだと。

 それに――。


「魔王城に出向いたところで死にに行くようなもの――」


 私が切り出した瞬間、不意に外が明るくなった。

 窓から見えるのは久しぶりの青空。

 一面紫色の空に慣れていただけに、懐かしいというよりも違和感すら覚える。


「……これは? ……どういうことだ!? ……!? ――まさか、魔王が!?」


「外の様子を見てきます!」

 

 そう言い残してケイトとフリッツが慌てて飛びだした。



 

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