第22話 ニール、アリスの願いを聞く(三)
それからややあって、再び戻ってきたケイトから報告を受けた。
もうあの島からモンスターが飛来する気配はないとのこと。
あきらかにセカイを取り巻く空気が変わったと。
「……状況を考えて魔王が倒されたのはほぼ間違いないだろう」
私は妹と顔を見合わせて頷いた。
だからと言って私たちの仕事が無くなる訳でもない。
各地に依然としてモンスターは残っている。
それらを
フリッツとケイトにはこの場を離れられない私たちの代わりに、引き続き魔王関連の情報を集める為に各部署へ顔を出してもらうことにする。『緊張感を持ち続けろと』言い含めるのも忘れないように、との伝言を添えて。
ただ少しは晴れやかになった気分で、仕事に向き合うことが出来た。
妹と二人して顔を突き合わせ黙々と書類仕事をしていると、不意に肌が粟立つ感覚に襲われる。慌てて頭を上げ周囲を見渡すと、妙に膨らんだ封書がポトリと彼女の目の前に落ちてきた。
妹は息を飲み、酷く驚いた様子を見せると、今までにない真剣な表情でそれを手にする。……彼女の手が震えていた。
妹は慎重に封書を開けると中身を取り出し、一つずつ机の上に並べていく。
手紙が一通。
どこにでもあるようなリボン。
大きな宝石のついたペンダント。
そして魔石にヒビが入った耳飾り。
それらが全て血に染まっていた。
妹はその中で、まず耳飾りを手に取る。
「……私が山猫たちの為に魔装したの。……効果を知っているのは私と陛下だけ。おそらくこれはパールの耳についていたものだと思うわ」
『最悪の事態』の為の『最後の砦』として用意しておいた『奥の手』だという。
アリシア女王はこのセカイを襲った最大の危機――魔王が復活したときでさえ、コレを使うことが無かったのだと妹は呟く。
――それを、今使ってきた意味。
つまりそれ以上の非常事態が発生したと、女王が判断したということだ。
妹の手が震えた理由はそこにあった。
メルティーナは血で張り付いてしまった手紙を慎重に開く。
私も身を乗り出して覗き込んだ。
見覚えのある女王の筆跡で書かれていたのは、彼女の『最期の言葉』だった。
『クロードが彼女たちを裏切りました。
魔王を倒した後、彼が無防備の二人を襲い、殺したのです。
彼女たちはずっと彼に騙されていた様子。
姉の死を目撃したパールも返り討ちに遭いました。
輝石のペンダントをキャンベルに見せれば、全てが明らかになるでしょう。
…………私も、もう長くはありません。
残された力を振り絞って、この手紙を書いています。
今から女王として最後の命令を下します。
これからはクロエを中心に国を動かしていきなさい。
テオドールとニールはその補佐に徹しなさい。
そしてロレント、ブラウン両名を中心に軍を再編成し、新しい魔王であるクロードの襲来に備えなさい。
山猫部隊とハルバート家の間諜をマイカの下に統合して、彼女に情報伝達や調査を一任しなさい。
それらを私の最後の勅命として至急行うように。
肝心な場面で役に立てない女王で本当に申し訳ありません。
――追伸。
必ず帰ると約束したのに守れなくてゴメンね。
どうか、このセカイをお願いします。
みんなは私の誇りです』
メルティーナはこの手紙を読んでも一切表情を変えることなく、すぐにブラウンとマイカを呼び出した。
何事かと急いで現れた二人に彼女は無言のまま例の手紙を差し出す。
二人は怪訝な顔をしていたが、読み進めるたびに表情が歪んでいき、読み終わるといつも陽気なマイカが泣き崩れた。
対照的にブラウンは殺意に満ちた眼をギラつかせる。
水の女王国の旗揚げ時期から、セカイを制した今に至るまでアリシア女王の最側近を務めてきた、いわば彼女の家族のような存在……その残された最後の二人だった。
妹はこの二人に対しても相変わらずの無表情で指示を出していく。
「――こんなときまで俺は別動隊なんスか?」
ブラウンはそう吐き捨てると、妹を睨みつけた。――どこか悲しげに。
だが聡明な彼のこと、この状況で独立して動く組織を任せられるという意味はちゃんと理解してくれているはず。
妹は少し沈痛な表情を見せつつ髪をかき上げると、自分の耳につけた耳飾りをブラウンに見せた。
「これはパールにあげた耳飾りと同じモノで、念じればその相手に軽いものと一緒に飛ばすことが出来ます。『最悪の事態』が起きた場合、私はこれを貴方の元へ飛ばします。……そのときは何をおいても、たとえこの帝都を破壊し尽くしてでも、どんな手を使ってでも、確実にクロードを滅ぼして下さい。……貴方だけが頼りなの。……分かってちょうだい」
あまりにも真剣な表情をする妹の、その物騒な言葉の意味を正確に受け取ったのか、彼は軍人らしく両足を揃えて姿勢を正し、決意の籠った表情で敬礼する。
「今をもって軍の全権を貴方に
「了解しました。今から準備を開始します」
ブラウンは頭を下げると、足早に立ち去っていった。
「……マイカ。貴女も今から私に従って動きなさい。分かったわね?」
マイカはとめどなく溢れる涙をぬぐいながら立ち上がると、小さく頷いた。
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