第23話 ニール、アリスの願いを聞く(四)

 


 妹の命を受けたマイカによって秘密裏に女王国の主要人物が大会議室に集められた。まだ誰も手紙での事情を知らないので、皆どこか浮かれていた。

 魔王が滅んだのは瞭然。

 戦勝の宴の相談だとでも考えているかもしれない。

 だけど私と妹の真剣な表情から何かを感じたのだろう、徐々に部屋が静まり返っていった。


「……キャンベル殿に伺います。このペンダントに見覚えは?」


 妹が血に汚れたペンダントを彼に見えるように掲げた。


「それは私とウィル君で姪のルビーに贈った輝石のペンダントですね。……間違いありません」


 キャンベルが答え、ウィルヘルム少年もそれに頷き同意する。ただ何故ここにそれがあるのかは二人とも分かっていない様子だった。


「それでは、この『輝石』に関しての説明をお願いします」


 妹に請われたキャンベルは、首を傾げながらも手短にペンダントの石と魔法使いの話を始めた。

 輝石には持ち主の記憶を留める力があるらしい。

 無意識でも強く心に残れば勝手に上書き記憶されていくのだという。

 この石を聖水に沈めることによって、目に焼き付けた事柄を水面に映し出し、皆でそれを見ることが可能なのだと。

 

 ――つまりこのペンダントには持ち主であるルビーの記憶が残っており、これを使えば魔王城で何が起きたのか、私たちも知ることが出来るということか。


 その説明の間にも妹は樽に入った聖水と底が浅い何かの儀式で使うような器を用意させていた。そして何故この話になったのか流れが分からず皆が困惑しつつ見守る中、妹はゆっくりとペンダントを聖水で満たされた巨大な器の中に沈めていく。

 やがて波打つ水面に映像が浮かび始め、それを皆が緊張の面持ちのまま覗き込んだ。



 予想していた以上に臨場感のある鮮明な光景が映し出された。

 放出される魔力に耐え切れず、指輪が粉々に砕け散る瞬間があまりにも美しくて、明らかに強力と分かる魔法が自分の手から放たれるような圧巻の光景に、皆感嘆の声を上げる。

 叫び声をあげ、倒れる魔王。

 これはまさにセカイが救われた『奇跡の記録』だった。


 ――ここまでは。


 ルビーの荒い呼吸が何よりも激しい戦いだったことを物語る。


「……すごい、なんという威力なのだ!」


 相当優秀な魔法使いだと聞いているキャンベルもしきりに感心していた。



 皆の笑顔の中、水面の光景は続く。

 やがてサファイアが魔王の傍らに落ちている何かを発見し、近付いていくところまで進んだ。私はそれを見ながら構図に特別な意図を感じた。

 ルビーの視線はサファイアを追わず、身じろぎ一つしないクロードに向けられたまま。まるでクロードから絶対に目を逸らしてはならないという、強い意志がこちらにまで伝わってくるようだった。

 視界の端でサファイアが何かを拾い上げた瞬間、クロードが音もなく一足飛びで彼女の背後まで距離を詰め、無造作にその無防備な背中を突き刺した。

 今まで一緒に過ごしてきた仲間だろうに、何の躊躇ためらいもなく。

 声もなく崩れるサファイア。

 乱暴に剣を引き抜くクロード。

 獣のような叫び声が響き、そちらに視点が移ると怒りの形相で突撃するパール。

 その後ろから彼女を止めようと、手を突き出しているアリシア女王。

 クロードは振り返るとパールの奇襲攻撃を難なく対処し、返り討ちにしてみせた。

 それらは一瞬の間に起こった出来事だった。



 おそらくルビーは後退あとずさりしているのだろう。

 クロードから距離を取るように視界が揺れていた。

 だけどクロードは関係なくに向かって大股で詰め寄ってくる。

 真っ赤に返り血を浴び、微かに口元を愉悦に歪めるその姿はまさに悪魔。

 彼は容赦なく剣を突き出した。

 小さな呻き声と共に地面が迫ってくる。

 視界が上がり、そこに映っていたのは冷酷な笑みのクロード。

 徐々に薄暗くなり、最後には真っ黒に染まっていった。



 映像が終わると、伯父であるキャンベルが声を上げて泣き出した。


「……パールさん」


 その横でウィル少年も涙をこぼしていた。

 私も涙が止まらない。皆も袖や手巾で思い思いに目元を拭う。 

 女王からの手紙にも魔王を倒した後、何が起きたのか書いてあったが、これはその何よりの証拠だった。

 おそらくこのあとアリシア女王も――。

 

「……こんなことがあっていいのか!? ……こんな酷いことが!」


 私の叫びに応えられる者はいなかった。



 皆が悲嘆にくれる中、妹が陛下からの最期の手紙を読み上げた。

 毅然とした態度で、涙で詰まらせることなく……淡々と。

 読み終わる頃には全員が号泣していた。


「さて、私たちがすべきことは、何ですか?」


 妹が声を張り上げ周りを見渡す。

 やはり応える声はない。


「それは、陛下の意思を継いで何としてもこのセカイを守り抜くことです!」


 皆はまだどこか呆然としていたが、それでも力無く頷く。


「この場にいませんが、すでにブラウン君には軍の準備をさせております! ……さぁ、皆さんも覚悟を決めてください!」


 その檄を受けてロレントが一歩前に出た。


「……俺たちは今までずっとアリスに頼りきりだった。だけどもうアイツはいない。俺たちだけでやるしかないんだ!」


 ロレントの言葉を受けて皆が顔をあげ姿勢を正した。

 

 ――そう。

 もう絶対的な存在感を示していた女王はいない。


「クロード、いや『新しい魔王』を倒して今度こそ全てを終わらせる。他ならぬ俺たちがアリスの作ってくれた平和なセカイを守るんだ! みんな、これが最後だ! ……これで最後だ!」


 ロレントが涙を拭いもせず、雄叫びを上げた。

 その声に応え、皆も力一杯吠える。


 このセカイの平和を賭けた最後の戦いが、今、始まろうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る