第10話 クロエ、アリスの何かが変わったと直感する(三)


「どうせ戦うことになるのならば、せめて戦争の規模だけでもレジスタンスこちらで決めたいと思いませんか? 来たるべきに備えて出来るだけ小さい戦争にして被害を抑えたい。その上で領主アラン=マストヴァルを無傷でこちらに下らせることが出来たら最高、そう思いますよね?」


 確かにそうなれば理想だ。

 誰だってそんな手があるのならば採用したい。

 だけど現実はそんなに簡単ではない。

 だから優先順位をつけてそれ以外は捨てる。

 ……これが


 ――だけど、女王国はしばしばその常識を超えてくる。


 私はそれを近くで見てきた。

 山岳国との戦いであったり。各地補領の勧誘であったり。

 陛下は何か案を用意してあるからこの場を設けたのだ。

 それを理解している私たちは、頷くことで彼女に続きを促した。 



 陛下は意図を汲み取ったこちらを満足そうに眺め、続ける。


「先程申し上げた通り、話し合いを模索するなどして時間を使ってしまえば帝都から援軍がやって来ます。そうなっては領主アランはおろか領都マーディラに辿り着くのも厳しいでしょう。……その時点で作戦は失敗したと考えるべきでしょう」


 そう。

 時間はあちらにしか味方しない。

 私たちの同意を見て取ったのか、陛下は紅茶を一口含んで続ける。


「ではこちらから一方的に形だけの宣戦布告をして電撃的に総攻撃をしかける? ……それこそ愚の骨頂ですよね?」


 あのアランがそんな失礼な相手に投降するとは思えない。

 ましてやこちらの陣営に入るなど。

 そもそも領民が納得しない。おそらく大規模戦争の始まりだ。しかもせっかく味方につけたホルスたちまでも敵に回ってしまいかねない最悪の手。

 絶対に採用出来ない。


「はてさて、どうしましょう?」


 陛下は笑顔で私たちを見渡した。

 私たちに問いかけている形だったが、この場合陛下の中ですでに答えは出ている。

 彼女はいつもそうやって一旦相手に預ける。

 だからと言ってすぐにそんな道筋など浮かぶはずもない。

 それを理解しての一呼吸ひとこきゅう

 会話で優位に立つ為の一工夫ひとくふう

 それが分かっていてもこちらは後手に回される。さながら陛下の言葉を待つだけの聴衆オーディエンス

 


 陛下は美味しそうに紅茶を含み、夢見る乙女の表情で嚥下えんかする。そして焦らすだけ焦らしてようやく口を開いた。


「女王国はクロード一行の突破力を活用することを強く提案します」


 ……ここでようやく繋がった。

 この為に陛下は彼らと連携を求めたのだ。

 あの不穏な関係のままならば、クロードたちは絶対に陛下に対して反発を見せただろう。そこを帝都の宰相や味方であるゴールドたちに狙い撃ちされては目も当てられない。だから先手を打ってクロード一行を制御することにしたのだ。


「――領境の主力軍で相手の目を引き付けておき、本命の別動隊による潜入戦を敢行。……突入作戦に使う領城内への直通路はすでに確認済です」

 

 何のことはない。

 あの時点ですでにこの作戦の第一段階は完了していた。

 

 ――何が女王国の譲歩だか。


 陛下によるは人目に触れることなく着々と進行していた。



 あまりの手際の良さにロレントが渋い顔をした。

 無理もない。

 今日、決起集会で自分がヴァルグランを矛先にすると言い出すコトを完全に読み切られていた訳だ。

 少なくとも彼の口からあの地をどうこうしたいとの言葉は出ていないはずだ。

 それでも陛下はロレントがあの場でその話を切り出すことをに、万全の準備を完了させていた。

 集会での軍をロレントに預けるという宣言は、『陽動は任せる』という意味だったのだ。


「もちろん彼らだけでは足りません。ですので私を含めた女王国の隠密部隊『山猫』も潜入部隊に加わります」


「おまえも出るのか!?」


 声こそロレントのものだったが、テオもケイトも目を見開いた。

 だけど私は全く驚かない。

 これは単純に陛下の性格の問題なのだ。

 山岳国でハルバート候と会談に臨んだときに悟った。

 彼女は自分の知らないところで何か重要なことが決まるのを極端に嫌う。

 その場での主導権を握っておきたい。

 過程の中での誤算は笑って修正できるのに、シメの段階で思い通りにならないことが我慢ならない。

 昔の私もそんな感じだった。

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