第11話 クロエ、アリスの何かが変わったと直感する(四)


「領境の軍が派手に目を引き付けてくれている間に私たちは出来るだけ人を傷つけず、速やかに領城に潜入したいと考えています。……城内での殺しは厳禁。そして一気に領主アランまで詰める」


「そんな簡単に言ってくれるが……」


 テオが眉間に手を当てて溜め息を吐いた。

 その隣で私は必死に勝算を検証し始める。ロレントバカも似たような感じだろう先程までと違う顔付きで思考に耽っている。

 彼も幼少期からアンダーソン一族と過ごし、帝都を追われるまでは宰相の右腕として活躍していた人材。その気になれば冷静に最適解を導き出してみせる。


「ヴァルグランと戦争をしないという選択肢カードなどレジスタンスには初めから配られておりませんから、それを前提に考えて下さい」


 陛下は、まずテオの希望を打ち砕く。だがこれは大前提だと私も娘も認めていること。


「このまま相手に合わせて戦争を始めてしまうと、その先に泥沼の内戦が待っています。望む望まないに関わらず、両陣営ともに全戦力をかの地に投入する総力戦。……その結果、これまで帝国を金銭的物資的に支えてきた『豊かなヴァルグラン』が見るも無残に荒れ果てる」


 陛下は皮肉気に口元を歪めた。


「……そうなれば、たとえこちらが勝ってたとしても『治世』につまづきが生じる……ということだな。同時に誇り高く不屈の魂で知られるヴァルグランの民の恨みも買ってしまう。致命的、か」


 テオはその言葉を天井に向けて絞り出した。

 即座に切り替え、ちゃんとパーティ後の展開にまで思考を巡らせる。   

 そこが頼もしく誇らしい。


が転んでしまえば女王国は『大損』です。それだけは絶対に避けたい。ですから私が領主アランの説得に乗り出すのです。幸いにも彼は理知的な人物で知られています。こちらがちゃんと筋を通せば――」


 アランの性格を考えるならば、こちらの覚悟次第ではず。彼は良くも悪くも生まれながらの領主。領民領地の安寧が最優先。

 だが――。


「――出来るのか?」


 ロレントが陛下を真っ直ぐに見据え、小さく呟いた。


「これは賭けですが、成功率はそこまで低くないと考えています。何より上手く行けば大き過ぎる還りがあります」


 陛下は事も無げに言ってのける。そして身を乗り出した。


「アランを頷かせる為には領地領民を痛めることなく、本丸であり彼らヴァルグランの民の心の拠り所でもある領城を制圧して見せることが必要なのです。その結論ありきで策を立てるならば、このような少数精鋭による潜入戦が最善かと」


 確かにアランを無傷で引き入れることが出来たならば、ヴァルグランを戦場にする意味自体が無くなる。人命最優先をうたう女王国の、帝国における貢献度も計り知れないだろう。帝都も女王国に手出ししにくくなる。

 もし手を出そうものなら両陣営の穏健派を敵に回しかねない。結果女王国の価値が上がる。なるほどの勝負手だった。……成功すれば、だが。

 だけど私はいまだこの作戦の勝算を見出せずにいた。


 ――陛下に見えて、私に見えていないモノがあるの?


 不意に訪れた肌寒さに小さく震えた。



 しばしの沈黙の中、ケイトが切り出した。


「――ですが、どうやって説得するつもりでしょう? 潜入に成功し領主アランを無傷で確保したとして、説得出来るかどうかは全くの別問題ではありませんか? 彼が徹底抗戦の意思を示し、それに領民が従えば物別れですか? それとも彼を拘束してここポルトグランデまで連行するのですか? 宰相は黙っていませんよ。そうなればこちらが押さえたヴァルグランを巡って争いが始まります、結果的に陛下の懸念するかの地を巡っての泥沼内戦が始まってしまうのでは?」

 

 矢継ぎ早の質問。そして交渉材料不足からの破綻、そこからの内戦の可能性を指摘する。この場の誰もが気にしていた部分だった。

 対して陛下は待ってましたと言わんばかりに大きく頷くのだ。


「ええ、、潜入部隊にもう一人加えなければいけません。……今晩はを持ってきたのですよ」

  

 陛下はこの話をしながら一度も私を見ようとしなかった。

 何か企むときは必ずと言っていい程こちらを見ながら手順の確認をする彼女が。

 その意味を理解した瞬間、悪寒の正体を察した。

 身体中からイヤな汗が噴き出してくる。


「……それは、誰だ?」


 ロレントの声が若干震えていた。

 彼も陛下が何を言おうとしているのか悟ったようだ。

 彼女がを知っているのか。

 

「……クロエ、貴女よ」


 そして陛下は晴れやかな表情でこちらを見つめた。


 ――まさか、ここでこのカードを切ってくるとは。


 完全にあちらが一枚上手だった。



 後は皆さんでゆっくりと話し合ってくださいと言い残し、陛下は軽やかな足取りで我が家を去っていった。固まって動けない私の代わりにケイトが陛下を家の外まで見送る。


「アリシア女王は無茶だと知っていたが、何故クロエを引っ張り出すのだ!? ……危険な目に遭いたいならば彼女一人で行けばいいではないか!」


 その間、応接間で興奮するテオをロレントが必死に宥めていた。

 珍しい光景を目に納めておきたかったがそんな気にもなれず、私は黙って天井を見上げる。そこに娘も戻ってきた。

 気が付けば部屋は静まり返っており、ロレントがいつになく真剣な表情でこちらを見つめていた。

 テオとケイトはそんな私たちの表情を交互に覗う。

 私は覚悟を決めて大きく頷いた。

 二人にもちゃんと伝えなければならない。

 黙っている時期は過ぎたということか。


「――まず、私がなのか、そこから話すことにするわ」

 

 今晩は長くなりそうだった。

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