フィリス、レイラと友情を深める(下)
一緒に過ごす時間が増えるにつれ、改めてレイラちゃんの才能に驚いた。
とにかく仕事が早かったのだ。
アリシア陛下からはいつも「雑!」と一喝されていたし、クロエ様からも「……あのバカの血が混ざるとこうなってしまうのね」と溜め息交じりで嘆かれていたけれど。ちなみに私はいつも「遅い!」と一喝されて、「……あの男と同じで何の面白みも無い仕事ね」と溜め息交じりで嘆かれていた。
私たちは正反対だけど似た者同士。そんな二人が仲良くなるのに時間など必要なかった。そこから更に数年が過ぎて今に至る、と――。
「――どうしたの? 体調悪い? もしかしてさっきの女王候補の話をまだ気にしているの?」
レイラちゃんは真顔で顔を寄せてきた。こうやってすぐに私のことを気にしてくれる優しい女の子なのだ。
私は「……まぁ、そんな感じ」と曖昧に答える。
レイラちゃんは「なんだ、それだったら心配しなくたっていいよ」と顔を上げた。
「――次の女王は私たちの世代じゃないから。だってあのアリシア陛下よ? あと二十年ぐらいであっさり死んでしまうと思う?」
「…………そもそも陛下って死ぬの?」
私は思わずレイラちゃんに問い返してしまう。冗談のつもりでいった言葉だったが、案外本音も混じっている。彼女も冗談と受け取らなかったのか「……さぁ、どうだろ?」と首をひねった。
今騒いでも意味がない、との趣旨のことはお父様も仰っていた。
我が家に集まって議論している彼らを全否定する発言。
一応あんなのでもウチの一族の信奉者たちなのに。
「冗談は横に置いて、本命世代は私たちの子供たちですらないかもね。……孫の世代。少なくともジュリウスはそう考えている」
「……ジュリウス君が?」
「うん」
レイラちゃんは親指の爪を噛んで眉間に皺を寄せた。
ジュリウス君は彼女の年下の叔父さんだ。クロエ様の息子さんで笑顔がとても素敵な男の子。……だけどその目の奥は果てしなく
此処にありながら別のセカイを見据えているかのような、一歩引いたような、どこか俯瞰してしているような、そんな子。
温度の無い視線に背筋が凍ったこともあった。
私としては正直近付きたくない。
「あの子がね、『レイラは誰と結婚するか決めた?』って言うの。『自分の孫を女王にする気があるなら今の内から考えて動かなきゃダメだよ』って。『もう旧女王国陣営は誰の孫を女王候補にするのか決めたし、その道を整備し始めているよ』って。……ジュリウスも自分の道筋を見つけたんだと思う」
確かに。
あのジュリウス君なら十分あり得た。
「……それを聞いて、ジュリウスって頭イイけど、やっぱバカだなって呆れちゃったんだ。……私はこのセカイでたった一人の私なのに、ジュリウスはセカイでたった一人のジュリウスなのに、何で自分自身を『歴史の通過点』扱いしちゃうんだろうって。自分が主役の人生を全力で楽しめばいいのにさ」
レイラちゃんも時折何かを見通すような神秘的な目をする。
実際彼女は何かが見えているのだと思う。
私たちのような常人に見えない何かが。
そんな私の崇拝するような視線に気付かない彼女は、憂いを帯びた笑みを浮かべて青空を見上げる。
「確かに、アリシア女王陛下はマール神といろんな約束をした。波乱すら望んだ。……だけど、それは一見矛盾しているように見えるけれど、私たちが平和で生きる為に考えてくれたことなのに。……それなのに、自分から進んで『歴史の歯車』になり下がろうだなんて、ホントバカ。……それがあの子の選んだ生き方だから、陛下も無理に止めやしないだろうケドさ」
レイラちゃんは遠い目で絶え間なく流れる雲を追いかけていた。
「レイラちゃんは子供か孫を女王にしたくないの? 状況次第で自分が女王になるとか考えたことは?」
私は意を決してそれを尋ねる。暗黙の了解で今まで二人ともそこに触れてこなかったけれど、今日だけはそれが許されるような気がした。
くすぐったそうに微笑んだレイラちゃんは首を竦めた。
「こればっかりは巡り合わせだから何とも言えないけれど、面白そうだから女王レースには人生を通して何らかな形で関わっていくつもりよ? ……ホラ、私ってば、イロイロと期待されちゃってるし?」
「イヤじゃない? 無責任な人たちの代弁者みたいな感じで。……私はあの人たちの代表なんてゴメンよ」
「ん~。まぁ、言わんとすることは分かる。でも、それはそれ。せっかくだからフィリスちゃんも楽しんじゃえばいいのに」
彼女は再び豪快に笑い出す。
私は首を横に振った。
「楽しもうなんて思えない。……もし私や娘たちが女王候補になるようなことになったら、レイラちゃんたちに譲る」
「アレレ? そんなこと簡単に言っちゃってもいいの? これが私の作戦かもよ? 引っ込み思案のフィリスちゃんと仲良くなって、私のように積極的に女王争いに参加できないと自覚させて身を引かせる。
レイラちゃんの射抜くような視線に身が竦んだ。
一瞬彼女の母上であり初の女性宰相位が内定しているケイト様と重なってドキっとしたけれど、次第にふつふつと怒りがこみあげてきた。
「レイラちゃんまでそんなコトを言うのはやめて! あなたはレイラ=バーゼル! ケイト様もクロエ様も関係ない! あなたはあなたなの! 私が憧れ続けて必死の思いで背中を追い続けた、セカイでたった一人のかけがえのないレイラ=バーゼル! ……お願いだから、そんな悲しいコト言わないで!」
大声で叫ぶと、不意に涙が頬を伝った。
「……ごめんね。……ありがとう」
一転してオロオロしたレイラちゃんが一生懸命私の涙をぬぐってくれる。
「フィリスちゃん、……私もこのセカイでたった一人、かけがえのない親友のフィリスちゃんが大好きだよ」
彼女は私を抱きしめ、あやすように背中をポンポンと叩く。
子供の頃からこれだけですぐ泣き止んでしまう私は、本当にレイラちゃんに敵わないなぁって思った。
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