第23話 テオドール、アリスの告白を聞く(中)
アリシア女王の発言に帝都の面々は反発していたが、皇帝が認めるのであればと彼らもしぶしぶながらも是と頷く。
「――それでは」
大きく一息吐いた女王が一瞬にして変わった。
芝居などではなく、別の生き物かのように。
彼女は口元を歪ませ、乱暴に自身の髪をかき上げる。
「皆さんはじめまして。……オレはメイスという名の元勇者だ」
いきなり吐き捨てられた訳の分からない言葉に、皆が首を傾げた。
アリシア女王はいつも突拍子もないことを仕出かす存在だけれど、これはその群を抜いていた。
ただ、一言だけだったが、本能で完全にそこにいるのは男なのだと周囲に理解させる変貌。
常に女王のそばに控えていたクロエでさえも、淑女の仮面を脱ぎ捨ててポカンと口を開ける始末。
女王はざわつき始めた広間をゆっくりと半眼で見渡し、その威圧的な視線だけで皆を黙らせる。
「まぁ、とりあえず聞いてくれ。……まずはこのセカイについて説明したい。前提としてこのセカイはマール神によって作られたセカイだ。……あぁキール教、四神教の人間は言いたいことがあるだろうが、ここは女王であるオレの顔を立てて聞き流してくれ。今は帝国での常識の話をしている」
そして女王はこちらに視線をよこした。
まずは話を進めるほうが先だろう、私は無言のまま頷くことで促す。
言われるまでもない。
それは帝国民なら誰もが承知していることで、小さい頃から親や家族、教会の神官から聞いてきた話だ。
大多数の帝国人は円滑に物事を進める為にマール神関連のことは『一般教養』として捉えている。
我々政治家も所詮宗教など国家の安定装置の一つに過ぎないと割り切ってきた。
皆の表情を見た女王がクスリと笑う。
これは私たちの知る少女アリスの顔だった。
「そういう意味じゃないんだ。オレは今、真実を語っている」
そして彼女(彼?)は説明を続けた。
「――このマールが作ったセカイという名の箱庭には厳格なルールがある。『勇者は魔王を倒さなければならない』という唯一無二のルールが」
――勇者?
いきなり何を?
私は、ふとロゼッティアで妻と領主ホルスを交えて話した時のことを思い出した。
あのチリチリと脳を焦がす感覚が再び私の胸をざわつかせる。
この話にはどのようななウラがあるのか?
それともアレも本気だったのか?
女王は真剣に我々に何かを伝えたがっているのだろう、ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「……だから勇者は魔王を倒すために皇帝を殺す」
今度こそ皆が絶句した。
空気一つ動かない沈黙。
私も意味が分からなかった。
――だからって何が?
我々の困惑を眺めながら女王はゆっくりと歩き出した。
その視線の先はテラス。
さらにその先には大海原が広がる。
「マールによって勇者に指名された人物は皇帝を殺すために反皇帝組織であるレジスタンスと組む。レジスタンスの目に留まる為に名声を上げる。名声を上げる為にその土地土地で人助けをする。それがマール神の作り上げた物語だ。……皆はこれに不自然さを感じることをなく、神の意思に沿った動きが求められる」
レジスタンスは皇帝を殺すことに疑問を抱かない。
勇者たる存在に疑問を抱かない。
帝都は帝都でレジスタンスと戦うことに疑問を抱かない。
女王は淡々と指を折りながら告げる。
……思い当たる節が有り過ぎた。
「仕方ないさ。その為にオレたちはこのセカイに生まれたんだからな。……オレたちは所詮神が用意した駒に過ぎない」
こちらの胸に浮かんだ疑問などすべて承知なのか、彼女は天井を仰いで悲しげに呟いた。
「――話の筋自体はおぼろげながら理解した。到底信じられない話だが、思い当たる部分もない訳ではない。だがどうしても解せない部分がある。……何故皇帝陛下を殺すことが魔王を倒すことに繋がるのか、その根拠を知りたい」
話を遮るべきではないし、時間を与えた皇帝の意に反することだと知ってはいたが、前提条件のすり合わせぐらいはしておくべきだと思い、挙手して女王に問いかけた。この疑問は皆の疑問だったはずだ。
女王は嫌な顔一つせず、笑みすら浮かべて大きくうなずく
「その話はきちんとしておこう。……オレは会ったこともないが、先代の皇帝と面会した者もこの場には何人かいるだろう?」
これに関しては私も該当者だ。
宰相ニールやゴールド卿など数人も微かに首肯しながら女王に視線を返す。
「彼の首筋には特徴的な痣あったはずだ。……というよりも、代々の皇帝には必ずその痣があるんだ。むしろそれの有無こそが次期皇帝の条件であるとされている」
今の言葉に皇帝の長兄であるレオナール殿下が苦悶の声を上げた。
もしもこれが真実ならば、彼はそれがないという理由だけで皇帝候補から排除されたことになる。
なんという理不尽。
長兄殿下が立派な皇帝になろうと、自分に足りないものを必死の思いで探し求め、悩みに悩んでいたことはよく知っていた。
そもそも一族で彼を推していたのだ。
子供の頃はターナー家長子として、彼の治世を支えることを望んでいた。
「――だから当然、現皇帝のロイ様にもそれがある」
アリシア女王は皇帝をじっと見つめた。
その視線を真正面から受けた彼は、宰相と一瞬だけ視線を合わせて頷く。
やがて陛下は笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がった。後ろに控えていたシーモアが思いとどまらせようとするが彼はそれを手で押しとどめる。
「よい。……話を前に進める方が先だ」
そして穏やかな表情のまま上着を捲し上げ脇腹を見せた。
隣のロレントが腕を組んだまま天井を見上げる。
コイツは幼少期から皇帝の身の回りの世話をしてきた。
だから見ずとも結果は知っている。
皆が注目する中、日に焼けていない青白い肌が晒された。
そこにあるのは先代陛下にあった痣と同じようなモノ。
先代にあった痣は首筋部分だけが見えてそれ以外は服によって隠されていたが、こうして全貌が明らかになると、痣というよりもむしろ何か空想上の魔物を模した紋章のように見えるのが不思議だった。
「これは痣なんかじゃない。……初代皇帝が魔王を封印した証なんだ」
女王は皇帝の脇腹を指差し、高らかに告げた。
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