第24話 テオドール、アリスの告白を聞く(下)

「――『封印の証を身に宿した者を後継者に』初代皇帝が決めたことだ。そして彼の一番の臣下だったアンダーソン家の先祖に『これからは一族でそれを守っていけ』と厳命した。代々のアンダーソン一族はその約束をに果たしてきただけだ」


 そして女王は宰相ニールを見つめる。

 ニールはじっと俯いたままでその表情は窺い知れない。


「先代皇帝には痣のある後継者がいなかった。魔王の封印など眉唾モノと感じながらも宰相はまさかの事態に備えて皇帝に子供を作らせた。……そして痣のある皇帝陛下が生まれた」


 だからこそ宰相はすべてを敵に回してでも彼を皇帝にする為動いたのか?

 皆が彼の反応を気にするが、彼はじっと身じろぎ一つしなかった。




「――皇帝を殺せば封印が解かれて魔王が復活する。……オレが何を言っているのか理解できないだろうが、こればっかりは信じてくれとしかいいようがない」


 信じてくれと言われても、皆も困惑していた。

 私自身、そんな馬鹿な話があるか、と言ってやりたい。

 帝国の未来に関わる大事な話の前にすることではないだろう、と。

 だが否定しようにも何から、どうやって否定すればいいのか見当もつかない。


「先程も言ったがオレはメイスだった。そのセカイでオレは勇者として皇帝を殺し、復活した魔王を滅ぼした。……マール神の望み通りに。――そして再びこのセカイにやってきたんだ。もう一度このセカイを楽しむ為に、な。新しい性別、新しい名前、新しい職業、新しい容姿となって」


 中身は男のまま、に生まれ変わったのだという。


「――だからオレは


 その言葉に隣のクロエの肩が震えた。

 女王は告げる。

 まず脆弱ぜいじゃくな水の公国を狙い撃ちにした。

 一国の女王として無視できない存在になってから、満を持してレジスタンスに接触開始する。

 リーダーが世間的に死んだとされるロレントであることも

 そこに付け込み有利な――それでもレジスタンスも納得できる条件を突き付けて国力を増強させる。

 圧倒的な実力差を見せて聖王国を略取したのち、その勢いで山岳国も手中にした、と。

 

「――オレは何故宰相ニールが貴族や議会、それに教会ひいてはセカイを敵に回してまで今の皇帝を玉座に押し上げたのか、全部全部初めから知っていたんだよ」


 広間は静まり返っていた。

 その中で私を含めた数人は頷き、納得していた。

 納得せざるを得なかった。

 どう考えてもアリシア女王は先が見え過ぎていた。

 普通の人間には到底無理な領域。

 幾ら山猫を駆使したとしても手に入れられない類の情報を持っていた。

 思いつく限りで一番突拍子もない話だったが、否応なくこれが真実だと理解させられた。




「もしこのまま話が進みレジスタンスが前回のように皇帝を殺せば魔王が復活する。ふと本当にそれでいいのかと考えるようになった。……オレにとって居心地のいいセカイとは何なのか? オレはこのセカイをどうしたいのか? どう立ち回ればオレは大切なモノたちとこのセカイでずっと笑顔で生きていられるのか」


 冗談をめかした口調だったが、それがアリシア女王の切なる願いだというのは誰もが理解した。

 の告白。

 本来なら絶対に隠しておくべきことを白状してまで、手に入れたい未来を彼女は見つけた。


「オレは結論を出した。そして望むセカイに導くために動くことにした。……絶対に皇帝を殺させない。マストヴァル夫妻や娘も殺させない。クロード一行や上級貴族たちを必要以上に追い込まない。レッドやトパーズ、パールたちを見殺しにしない。――オレもこのセカイで『みんな』と一緒にいたい」


 女王は全てを吐き出して天井を見上げた。


「何故この場で……? どうしても…………必要………? …………内容なんて本当は…………ことが目的……の? ……………待って……?」


 囁くような声が聞こえて隣のクロエの様子を窺うと、彼女は無心で独り言を呟きながら、眉間に皺を寄せて何かを思案していた。

 知り合って二十年以上になるが、今まで見たこともない鬼気迫る表情だった。



 とんでもない告白に皆も何を言っていいのか分からない様子だった。

 この場は和平の場、これからの帝国をどうするのかを話し合うはずだった。

 いうなれば権力の綱引き大会か。

 数が多く、力の大きい者を抱える陣営がより大きな権力を握る、それを決める場のはずだった。

 だけど今更こんな空気の中で出来る話ではなくなった。

 そんな空気の中クロードがゆっくりと立ち上がった。


「アリス、君は僕が神の声を聞こえるというのを最初から知っていたんだね?」


 静かに問い詰める。

 彼は女王によって利用された人間の一人だ。そして神の声が聞こえることを衆人の中で馬鹿にされたこともあった。


「あぁ、あの時はまだ自分でどうするか決めることが出来なかったんだ。マールとの距離も考えていなかったし。オマエをバカにしたことは本当に申し訳ないと思う。謝って済むならば何度でも謝ると誓う。……その上で、更にもう一つ今から頼みたいことがある」


「…………何?」


「マール神に今からこの場の全員に声を聞かせることが出来るか尋ねてくれないか?」


 クロードが訝し気に表情を曇らせる。

 だが頷くと彼は中空を見上げた。


「……マール、聞こえるか?」


 その光景を皆が息を飲んで見つめていた。

 もう一人頭のオカシイ人間が現れたのかと。

 そもそも本当に神がいるなんて思ってもいなかった訳で。

 でも、もし本当にマール神が存在するのならば――。


「……じゃあやって」

 

 そんなクロードの言葉と同時に、ザーザーと何か不快な雑音が聞こえ始める。


『――これで皆にも声が聞こえるはずだ』


 いきなり男性の声がした。



 

「……マール、聞いていただろう? これがオレの出した答えだ。オレはこのセカイで生きていきたい。帝国も乗っ取らない。戦争も起こさない。大事なモノたちを傷つけることなく笑顔で生きていきたい!」


 真剣な表情で女王は中空を見つめていた。

 どうなるのかと息詰まる沈黙の中、頭の中に直接響く溜め息。


『つまらんな。……本当につまらん。最悪だと言ってもいい。もしかすると〈過ぎたるは何とやら〉、いやいやこの場合は〈あつものに懲りてなますを吹く〉というヤツか? ……ん、少し違うか? ――まぁ、別に何でもいい。要するに実験は大失敗だった訳だな。……ある意味最後の最後でとんでもないサプライズを喰らわされたとも言えるか……』


 自称マール神は女王の切なる願いを一笑に付した。


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