第25話 皇帝ロイ、マールの本性を知る(上)

 

 溜め息交じりの声が広間に響いた。

 厳密にいえば私たちの頭の中に直接叩き込まれる感覚。


『――戦争も起きない、皇帝も死ななければ魔王も復活しない。それではこのの意味がなかろう? ……我は何のためにお前にを見せてやったのだ?』


 驚くべきことに声の主はマール神だという。

 そう、あのマール神だ。

 セカイの方向を決める会議が始まったかと思えば、いきなり女王による衝撃の告白があった。

 誰も本気に受け取らなかっただろう。私自身も『メイス』だとか『元勇者』だとか、そういう話に関しては理解不能だった。

 しかし、帝国の歴史と魔王の封印に関してはせんだってニールから聞かされていたので、やはり彼は正しいことを言っていたのだなと思う程度の衝撃で済んだ。

 流石に神の声が聞こえるようになったことには驚かされたが。


『――を越える刺激的な修羅場、を越える陰謀の数々、《《あれ》》を越える激しい攻防の入れ替わり。それを期待していたのに、はいったいどういうことだ!? 仲良しこよしで皆と手を取り合ってセカイを守っていきましょう、だと!? ふざけるのも大概たいがいにしろ! 誰もそんなモノは望んでいない!』


 何故かマール神は怒り狂っていた。

 その矛先はアリシア女王――彼女の言葉が正しいとするならば、元勇者メイス。

 神の言うところのが何を指すのか、今のところ見当もつかない。


『このような無駄な時間を過ごすぐらいならば、完全にこのセカイを閉じてしまって新しい設定、新しい駒、新しい物語のセカイを作っておけばよかった! 何故我はこんなセカイになどに固執こしつしてしまったのか!? そもそも何故我はコイツにそこまで過度な期待してしまったのか!? ……自分の見る目の無さに反吐ヘドが出る!』


 怒りは徐々にマール神自身へと向かっていく。

 それを皆は息を殺して聞いていた。


『もういい! もうたくさんだ! こんなセカイなど消えてしまえばいい!』


 ついに神はそう吐き捨てた。




「――待ってもらえませんか。それではこのセカイはどうなるのでしょう?」


 困惑した表情で口を挟んだのはロレントだ。

 彼に似つかわしくない少し怯えた感じで、声も少し震えていた。

 皇帝である私相手にも滅多に使わなかったかしこまった言いように笑ってしまいそうになるが、そこは頑張ってこらえる。

 あぁ、ロレントも必死なのだな、と。

 そしてそんなことを考えられる余裕のある自分自身に少しだけ驚いた。


『――当然、こんなガラクタなど全て取り壊すに決まっている!』


「では、私たちはどうなるのです?」


 今度は宰相ニールが声を上げた。

 声こそ震えていないものの、彼の顔面も蒼白になっていた。

 おそらく本当は問わなくても分かっていたはず。

 私でも理解できるのだから。

 それでも敢えて尋ねる彼は勇気があると思う。

 何が可笑しいのかマール神はクツクツと笑った。

 大好きなニールをバカにする振る舞いに不快感が増す。


『……お前たちは盤上の駒だ。当然全て取り払われ、廃棄される』


「……それは全員死ぬということでしょうか?」


 続けて問うニールの声は平坦だった。

 あくまで確認だ。


『少々違うがその認識と大差ない。……まぁ、我が『面白い』と認めた駒は他のセカイに流用することもありうるだろうが』


 広間が騒然とした。

 内戦や魔王復活も十分過ぎるほどにセカイの危機だったが、それ以上の危機が発生したのだとこの場の全員が認識した瞬間だった。




「――私たちはだという話でしたが、……どういう意味なのか伺っても?」

 

 そこに切り込んだのはクロエ=ターナー。

 歌うような余裕すら感じる声色だった。

 

 ――なるほど、彼女がメルティーナ=アンダーソン。


 ニールの妹にして、アンダーソン一族が認める天才。

 彼でさえかなう気がしないと白旗を揚げたくなる程の鬼謀を持つと聞く。そんな彼女がレジスタンスを裏から支えていたらしい。

 彼女はマール神の発言に慄くこともなく、取り乱すこともなく淡々と自分の欲しい情報を求めた。その胆力に感心させられる。

 息が漏れる音が聞こえた。

 神も同じことを感じたのだろう。


『そうだな、せっかくだからがてら話してやるとしよう』


 マールは穏やかな声で語り始めた。


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