第26話 皇帝ロイ、マールの本性を知る(中)


『――そもそも人間に魔法なんてモノは使えない。それが世間の一般常識だ』


 世間だの常識だのと言われても困る。

 私たちにとってはこのセカイが全てなのだ。

 

『普通のセカイにはモンスターなんてモノもいない。獰猛な野生の動物がいるが、人間の住むところへは滅多に姿を見せない。セカイ共通言語やセカイ共通通貨なんて便利なモノも存在しない。――つまりこのセカイは非日常的な空間、物語を円滑に進める為に我が作り上げなのだ』


 なるほど。

 女王アリシアの言葉は漏らすことなく正しかったらしい。

 ……ウラが取れたからといって何の解決にもならないが。


『そしてそんなセカイに住まう人間を模した駒、それがお前たちだ。我が考えた舞台に我が考えた駒を配置し、我が考えた物語に沿って動く。お前たちは我が生み出した妄想の産物に過ぎないのだ。我が死を求めればお前たちは簡単に死ぬし、生き返れと思えば簡単に生き返る。……すべては我の心次第』

 

 マール神がセカイを作ったという話は子供の頃から聞いてきた。

 だけどその話はもっと慈愛に溢れていたはずだ。

 神もこんな傲慢でイヤな奴ではなかった。

 だがおそらく今の話こそが真実。 

 全員がマール神の言葉に絶句していた。

 皆もこのセカイが神によって作られたと知っていたはず。 

 それをこんな形で宣告されたのが衝撃だっただけ。

 自分たちの愛した神が自分たちを駒としてしか見ていなかったことに耐えられないだけ。




「――そもそもあなたはなのですか?」


 そんな重い沈黙の中で手を挙げた女性がいた。背中に折り畳み式の弓を背負っている。武器を持って入室することが許された数少ない人間のうちの一人。


『マリスミラルダだが……。今更何を言いだすのだ?』


 マール神も何処か探るような声で答えた。

 皆もポカンとしている。

 正直、私も今の質問の意味がよく理解できなかった。


「ちょっとおねぇちゃん! ナニ変なコト言ってるの!?」


 女王の隣の席の少女が立ち上がり、顔を真っ赤にしてその女性をたしなめ始めた。女性も周りからの胡乱うろんな視線に気付いたのか、驚いたように手をバタバタと振る。

 

「あ、あの……そういう意味ではないのです! あの、その、なんというか、……えっとですね、普段は何をされている方ですか? ずっと私たちを見ているだけのなのですか?」


 そういう意味もどういう意味もない。

 そもそも神は神であってではない。

 一同がますます唖然とする中、不意にマール神が大声で笑い出した。

 今までの笑いではない。

 弾けるような、心底楽しそうな笑い声だった。


『そうか! おまえはいきなりに踏み込んで来られるのだな? 駒風情それも脇役風情が! 本能なのだろうが、メイスを出し抜くにはそれなりの理由があった訳だ!』


 マール神がしているのだけは分かった。

 この女性は私たちとは違うモノが見えていたらしい。

 

『サファイアに敬意を表して、今の質問に答えよう』


 満足そうな神の声が響いた。

 


 マール神は異次元のセカイの住人――なのだという。

 創造主ではあるが神ではない、と。

 人間だから当然寿命が来れば死ぬ。

 ただ私たちと時の流れる速度に、あまりにも大きな差があるのだと。 

 彼ら『ゲンダイジン』は七つの病気のどれか、また複数に冒されているそうだ。

 高慢。憤怒。色欲。嫉妬。強欲。怠惰。暴食。

 その中でもマールは怠惰なのだという。

 それを慰める為に毎日妄想ばかりを繰り返しているそうだ。

 その妄想の一つがこの私たちの生きるセカイ。

 勇者が魔王を倒す。

 マール神のセカイでは王道の物語らしい。

 


 神は勇者に助言のみを与える。

 勇者の性格を細かく設定し、あとは勇者の意思に託す。

 そしてその成否を楽しむ。

 それがマールの決めたルール。


『我はこのゲームを何千回と繰り返してきた。その中で一番目を引いたのが、そこにいるメイスの2周目だった。……そして彼奴が先程の告白で隠し続けていたことでもある。……聞きたいか? 聞きたいだろう?』


 マール神は含み笑いをしながら、その『メイスの2周目』とやらを語りだした。




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