第27話 皇帝ロイ、マールの本性を知る(下)
マール神の語る『メイスの2周目』とやらが壮絶過ぎた。
本当にこのセカイで起きた話なのかと思った。
特に魔王を倒したあとのクロードと女王の会話シーンには寒気がした。
皆が当事者である二人を見つめる。
クロードは今の彼が何か悪いことをした訳でもないのに恥じ入ったように耳を赤くして俯いた。一方のアリシア女王は私たちの視線になど全く興味がないのか、目をつむったまま真剣に何かを考えている様子。
先ほどから恐ろしいまでに動きを見せない彼女が不気味だった。
『――我はアレを超える、より興奮するセカイが見たかった。だからその2周目の記憶を東方三カ国を平定した直後の今のアリスに与えた。――最後の最後まで楽しませてくれたあのアリスを越える存在へと押し上げる為に!』
慈愛溢れた主神マリスミラルダは存在しなかった。
そこに居たのは、ただひたすらに波乱と刺激を追求する
『コイツはアレを夢だと思い込んでいたらしいが、アレは実際に起こった出来事だ。知識を得たことで、この先どう修正して悲願を達成するのか、楽しみにしていた。……どのような結末を迎えるのか!』
マール神はそこで深呼吸した。
思い通りに行かなかった憤りに震えているであろうことは容易に察せられる。
『――だが、それも全部全部無駄だった。結果は見ての通りの中途半端な仲良しこよしエンド。実に無駄な時間を過ごしてしまったモノだ。こんなモノ、他の勇者でも叶えられただろうに。……なぁ、そうではないだろう? あのアリスをブチ込んだアリスだぞ? 思うがままにこのセカイを
マール神が心底悔しそうに呟くのを私たちは黙って聞くことしか出来なかった。
部屋は完全に静まり返っていた。
誰も
『もう、このセカイに用はない。……心配せずともお前たちを苦しめるようなマネはしない。創造主としてのせめてもの慈悲だ。安らかに眠れ』
ついに神はこのセカイを見放した。
――どうすれば?
マールは私たちを守る神ではない。
それを認めた上で、このセカイを守る為にはどうすれば?
冷静に思考を巡らせ、何とかたった一つではあるが案を搾りだす。
……あとは覚悟あるのみ。
私は深呼吸して立ち上がった。
皆の視線が集まる。
「――アリシア女王、いや、このセカイに招かれた最初の勇者メイスよ。そなたに頼みがある。……帝国の皇帝としての最後の願いだ。どうか聞き届けて欲しい」
私には守らなければいけないものがあった。
愛する妻。
ニール、シーモア。……ロレントも。
そして何より、このセカイ。
だから――。
「そなたの手で私の首を落とすのだ。魔王を復活させ、ここにいる皆で討伐せよ」
私の発言にニールが慌てた。ロレントも立ち上がって声を荒げる。テオドールもその奥方クロエも蒼白な顔をしている。
懐かしい声が聞こえてそちらを見ると二人の兄も立ち上がって『落ち着け』と叫んでいた。
嬉しかった。
兄二人は絶対に、私など死んでしまえばいいと考えていると思っていた。
その温かい気持ちを知れただけでも十分。
心残りはない。
私は皆に微笑みかけた。
「どうやら我らの敬愛するマール神は、セカイの混迷をお望みらしい。平和なセカイなど必要ないと。波乱に次ぐ波乱。そして血で血を洗う戦い。それらをご所望だ。それが必要ならば今から起こせばよいだけの話。……違うか?」
私の言葉に皆が黙り込んだ。
ここにいる者たちは各陣営で『選ばれた者』たちだ。
だから私の言葉の正しさ、有効性をきちんと理解してくれるはず。
「魔王討伐後、宝具とやらを使って
私は思いの
ここの座り心地はそれ程嫌いではなかったと今更ながら気付いた。
そもそも私は誰からも望まれていない存在だった。
あまりの風当たりの強さに心を病んでしまった母上は、前の夫と連れ立って海に身を投げた。物心つく前だったので痛みはなかったが、それでもそれなりの喪失感はあった。
何故何の取り柄もない自分が皇帝になってしまったのか?
何故母上は貴族社会から追い詰められると分かっていて側室になろうとしたのか?
何故自分は生まれたときからこんなにも味方が少なかったのか?
女王国から会議の打診があり、その対策の為に皇位継承の話をニールから聞いた。
なるほどそんな事情があったのか、と感心した。
自分のせいだけではなかったのだと心に平穏が訪れた。
不意にマール神の笑い声が響いた。
『皇帝よ、その姿勢は立派だと認めよう。しかしそなたは初めから生きることに対する意欲が希薄なのだ。我がそのように設定したからな。往生際の悪い皇帝だと話が進まないし、死に
「――『今更そのような展開では我の退屈はしのげない』……ですね?」
マールの言葉を奪い取るように、続いたであろう言葉を繋ぐ者がいた。皆が彼女に注目する。その声の主はもちろん、今まで不自然なまでの沈黙を続けていたアリシア女王。
「皇帝陛下、残念ながら貴方が命を差し出したとしてもこのセカイは救われません。何より私がそんな未来など望んでいません」
もう男の口調ではなかった。
だが先程よりもずっと堂々とした姿で立ち上がる。何かの迷いを断ち切ったかのような、何ともすっきりとした顔だった。
――いや、それとも初めから女王は女王だったのか。
何にしろ、これが話に聞く縦横無尽にセカイをかき回してきた女王アリシアだろう。私はそれを直感する。
『……理解してもらえたようで何より。もうこのセカイに用はない。これ以上は時間の無駄。それではサヨウ――』
「――いいえ、まだ話は終わっておりません。むしろここからが本番だったりします」
彼女は晴れやかな笑顔でそう言い放ち、腰に手を当て挑発するように中空を見上げた。
「さぁ、交渉を始めましょうか!」
彼女はずっとこの瞬間を待っていたのだ。
おそらくこの会談の目的は初めからコレ。
このセカイの主要人物をこの場に集めたのも。
――主神マリスミラルダを交渉の舞台に引きずり出す。
すべてはその為。
数人の
その筆頭であるクロエ=ターナーの目に光が戻った。
私は深呼吸する。
アリシア=ミア=レイクランド女王陛下に命運を託そう。
たとえ交渉が失敗に終わったとしても、そのときは笑顔でこのセカイを去ろう。
私は彼女を見つめ頷いた。
――全て貴女の思うままに。
勇者よ、このセカイを救ってくれ。
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