第28話 パール、最初で最後の交渉を見守る(上)


「さて、交渉を始めましょうか」


 絶望的な状況にみんなが絶句する中、たった一人自信に満ちた表情の人物がいる。

 

 ――もちろん、ボクたちのアリス様!


 腰に手を当てて嫣然えんぜんと微笑むのは自信マンマンの証拠。

 ようやく、いつものアリス様が戻ってきた。



『メイスがアリス様を演じていた』という話だったけれど、ボクの直感はそれを全否定する。

 確かに初めこそ『アリス様の仮面』を被ったのかもしれない。

 そうやってセカイを着々と自分のモノにしていったのだろう。

 だけど、この場では違った。


 ――アリス様がメイスの仮面を被った。


 何故だか理由は分からないけれど、彼の仮面を被る必要があったのだと思う。

 何かの情報を引き出す為に。

 何かを有利に働かせる為に。

 そして、その結果が出たから本来の姿を取り戻した。

 何の根拠もないケド、ボクはアリス様をずっと近くで見てきた。

 誰よりも近くで。

 だからこの推測が間違っていると思わない。 


「――今更何を言う。もう話すことなどない!」


 マール神はぴしゃりと切り捨てる。

 とりつくしまもないとはこのこと。


「……それは非常に残念ですね。この私が用意した最後の勝負手ですよ? 貴方が期待した『あのアリスをブチ込んだアリス』とやらが見出みいだした乾坤一擲けんこんいってきの解決方法、それを聞きたくないとおっしゃる?」


 だけど挑発的に笑うアリス様は本当に楽しそうで。

 ボクも心が躍るのを感じていた。


「皆様が交渉材料を集めてくれました。……とくに皇帝陛下。あなたの功績は大きい。おかげでメドが立ちそうです」


 ロレントさん、宰相さん、クロエさん、そして皇帝へと順に視線を合わせて微笑むアリス様。そして再び中空を見上げた。

 長い沈黙が続き、やがて大きく息を吐く音が聞こえる。


『……話したければ勝手に話せばいいだろう?』


 それは聞きたいと言っているのと同じ。

 その諦めにも似た呟きはアリス様の策がハマったのだとみんなに理解させるには十分過ぎるものだった。




「――そもそもこのゲーム……ですか? それが退屈なモノになり果てたのは、このセカイの構造そのものに問題があるのだと思いました。魔王を倒すというという代り映えのしない一本道のストーリー。勇者の味方になるレジスタンスの面々も毎回同じ顔。敵側の皇帝も宰相もやはり同じ顔。ストーリーを彩る脇を占める方々も当然全員同じ顔。……そんなセカイを何千回と繰り返してきた、と? 流石の私でも3回が限度かと。むしろよくそれだけの数をこなせたモノだと感心します。その忍耐力をもっと他に向けることが出来れば、さぞかし実りある人生を送ることが出来たでしょうに」


 アリス様は大袈裟に溜め息をつく。

 いきなりマール神に対するダメ出しから入るあたり、カッコ良すぎる。


『…………魔王は復活しない、戦争も起きないようなセカイはそれ以上に退屈だろうが? 何度でも言おう、我は平和なセカイなどに興味はない』


 結局そこに固執する。

 それを打破しない限りは――。

 だけどアリス様に動じる気配はない。


「それに関しては私も一部同意するところです。……ただ、モノは考えようかと。戦争に限らず人というものは何かしらのいさかいを起こす生き物です。悲しい話ですが。……せっかくですから、今からこの私がその種を蒔いてみましょうか?」


 そう口にしてからアリス様は目を瞑って数秒ほど黙り込んだ。

 だけどこれは考えるフリだとボクは知っている。

 こうやって相手をらすのが大好きなのだ。


ですが、これからのセカイ、この私が女王として君臨するとします。当然ながら帝国の方々は不満に思うでしょうし、反発もするでしょう。……ですが彼らだって生きていくのに必死です。私と言う権力に媚びる道を選ぶ者も現れます。セカイ各地、あらゆる陣営で生まれる溝。私は王としての責務は果たしますが、分断された状況は敢えて放置し続けます。その上で後継者指名をせずに死ぬことにしましょう。後継者最有力候補になりうる子供も作りません。……そもそも私は男です。相手の男性とそういう行為……というのはキツい」


 アリス様の苦笑いに、方々ほうぼうから含み笑いが沸き起こる。

 もし相手を選ぶとしたら誰だったのだろう?

 

 ――ブラウンさん?

 レッドさん?


 ボクはそれを想像して笑いを堪えるために俯いた。

 それを感じ取ったのかアリス様がボクを睨む。

 だけど目は笑っていた。 

 アリス様は咳払いして続ける。


「せっかくですから後継者は女王国らしく女性という取り決めを作りましょう。私自身何歳まで生きられるのか分かりませんが、仮に六十歳ぐらいまで生きたとすれば、後継者となるのは私と同世代のケイト=ターナー嬢などではなくになってくる」


『――ほう、次の世代、とな?』


 マール神が食いついた! 

 その反応にみんなが前のめりになったけれど、アリス様は表情を一切変えないまま小さく頷くだけだった。

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