第29話 パール、最初で最後の交渉を見守る(中)



「えぇ、次の世代です。今パッと思いつく限りで最有力候補に挙げられるのは、宰相ニール=アンダーソン殿とマストヴァル家のアンジェラ嬢の間に生まれた娘でしょうか?」


 アリス様の言葉に、出席していたアンジェラさんとお母さまのディアナさんの顔が華やいだ。対する宰相さんは渋い顔で天井を仰ぐ。そしてそんな彼の姿にクロエさんが噴き出した。

 広間も騒然となる。ただその声は微笑ましいといった類のもの。


「まだ生まれてもいない娘さんですが、その彼女に対抗できる存在を探せば……。ロレントさんとケイト嬢の間に生まれた娘さんあたりはどうでしょう? 両親の能力込みで考えれば十分太刀打ち可能かと」


 さらに続くアリス様の爆弾発言によって、興味津々の視線を一斉に浴びたケイトさんが顔を真っ赤にして俯いた。

 よく聴こえるボクの耳が彼女の「……いつか絶対に殺してやる」という呟きを捕捉する。

 

 ――念のため警戒しておいた方がいいのかな?


 クロエさんの娘さんだから無茶なことはしないはずだケド。

 一方ロレントさんはケイトさんの恋心に全く気付いていなかったのか、目を見開いて固まっていた。



 アリス様はこの会議に出席する面々に笑顔で伝える。


「――私が想定以上に長生きしたならば、が本命になるかも知れません。そうなると今度は組み合わせが重要になってきます。例えばロレントさんの娘が成人し、レジスタンスに近い陣営の人間と結婚したならば、誕生した娘の血に『拒否感』を抱く方々が現れるかもしれない」


 その言葉に多数が頷いた。


「そういった諸々の懸念を排除するならば、帝都の血が混ぜるのが『正解』……とまでは現段階で言い切ることは出来ませんが、選択肢の一つかと思われます。……女王に即位してからの議会運営を考えれば、そういったバランス取りが重要になってくるのは間違いありません」


 もし自分が七十歳まで生きたとして、次代の女王に長期政権を求めるならば、完全に孫の世代になる。女王の座を射止めるには、即位の時期を見極める機微や駆け引き、多数派工作などが必要不可欠だとアリス様は力説する。


「その辺りの調整を得意としているのは、初代皇帝の時代から生粋の帝国貴族として名を馳せてきたゴールド卿の一族でしょうか。……確か前皇帝と皇妃様の縁談をまとめたのも貴方と御父上でしたよね?」


 アリス様はチラリと口元だけに笑みを浮かべたままゴールド卿を見つめた。

 このことは山猫で調べた。

 ただ空気の読めない気取ったお爺さんだと思っていたけれど、実は根回しの重要性を知る優秀な一族だった。

 帝国の方々はそのことを承知していたのだろう、アリス様につられるようにゴールド卿へと視線が移る。

 彼はそれを無言のまま受け止め、小さく頷くに留めた。

 おそらくはそれどころではないのだろう。

 彼の頭を占めているのは、、いかに影響力を発揮していくのかの『夢想』。

 そこにセカイが無くなってしまうかも知れないという悲壮感はない。 


「女王を選ぶに当たって民衆の人気も大事になります。そうなれば教会の重要性は今よりはるかに増してくる。役割も少しずつ変化していく――」


 今度はオランドさんに視線が集まった。

 彼は満足そうに微笑み返す。

 だけどその表情から読み取れるのも、ゴールド卿と同じこと。

 実はボクも

 おそらくみんなも同じ。

 いつしか、思考は未来へと向かっていた。




『――なるほど。がお前の出した答えか』


 マール神が急に笑い出した。


『何度セカイ繰り返そうとも、そので切り捨てたり無視してきた上級貴族と教会を、今のお前はこのセカイに組み込もうとしている。……実に興味深いな』 


「……ねぇ、どうかしら? こっちの方が楽しそうでしょう? 移り行く時代。血を継ぎながら代替わりしていく者たち。……悠久の時を生きる貴方はそれらを眺めながらゆっくりと、そして深く思考を巡らすの。誰がどこでどう仕掛けるのか? 誰が誰と血を繋いで勢力を大きくしていくのか? それを予想するの。そこに渦巻く駆け引きと陰謀、それに伴う暗殺謀殺の数々。……確かに派手さは無いかも知れない。だけどそれはそれで人間の醜い部分を思う存分に堪能たんのうできると思わない? 少なくとも私はこっちの方が好みだわ」


 いたずらっぽい笑みで趣味の悪い言葉を紡ぐ美しいアリス様。

 だけどボクたちの女王はこうじゃないと!


「少なくとも同じ顔を見続けるよりは刺激的じゃないかしら? ……思わぬ世代でクロエの血が大暴発しちゃったりして?」


 アリス様はクロエさんを横目で見る。

 その言葉にロレントさんが大笑いだ。

 

「暴発とは実に上手いことを言う。確かにアレはそういう制御できない類の力だ」


 先ほどの意趣返しなのか、宰相さんもしきりに感心していた。



 アリス様は言いたいことは全部伝えきったのか、天井を見上げて口をつぐんでしまった。しばらく沈黙が続く。この場の全員がマール神の反応を待っていた。


『……お前の言いたいことは十分理解した。有意義であったと認めよう。そもそも我は退屈を紛らわす為の道具が欲しかっただけで、このセカイを壊そうと思うに至ったのはもうその役目を終えたからで……、――いや我が勝手に終えたと判断したから、だな』


 力無く呟くマールの声を、みんな一言も逃さないように集中する。


『だがお前はこの交渉でセカイに新たな刺激を用意して見せた。心から感謝しよう。――これで退


「……それで?」


『よかろう。お前に免じてこのセカイを残すことにする』

 

 その一言が発せられた瞬間、歓喜の声が広間を轟かせた。

 

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