第22話 テオドール、アリスの告白を聞く(上)
白銀城の謁見の間。
そこに今までどこに置いていたのか、もしくはこの日の為に突貫で作らせたのか、大きすぎる円卓があった。
中心にも一回り小さい円卓。
主要人物は中の机、それ以外は外という感じか。
それらの席へ帝都の役人が誘導していき、次々と着席させる。私と妻も案内されるまま隣り合った席に腰をおろす。
帝都側の着席する面々もみれば、まさにこのセカイの主要人物勢揃いといった感があった。
数刻後、間違いなくこの国は何かしらの変化を迎える。
それを見極め、決して乗り遅れることなく動く。
そうすることでレジスタンスの悲願が達成されるはずだった。
私は一人ではない。ロレントと妻がいる。
その意味を込めて両脇に座る彼らに視線をやった。
全員が着席した頃、満を持して皇帝が私室側の扉から登場した。
先導する仮面の男はロレントかつての部下であり、後任として親衛隊長になったシーモアだろう。残念ながら彼とは面識がない。
私が帝都にいた頃、親衛隊にまだ彼の名前はなかった。宰相による親衛隊強化に合わせて呼び出されたのだろう。ロレントよりも腕利きだと聞いている。
そして後ろには当然のように宰相ニール=アンダーソン。
挟まれる形の皇帝は穏やかな表情のままゆっくりと歩く。
皆が、アリシア女王でさえもが敬意をもって起立し、それを出迎えた。
それだけの雰囲気を持つ存在だった。
皇帝は円卓から離れた場所にある、私たちより一段高い玉座に腰掛けると皆もそれに合わせて着席する。
皇帝の彼が玉座で女王は皆と同じ椅子であることに女王国側から何らかの不満が出るかと構えたが、女王である彼女が笑顔のまま。
もしアリシア女王が何か言えば、すかさず長兄殿下や次兄殿下も口にするだろう。 そうすれば会議を始めることすら遅れる。
そんなグダグダの展開にならなくて良かったと安堵した。
「それでは始めましょうか。――この会議は現在政情不安定な我が国の平穏を願う水の女王国の提案で開かれることとなりました。まずは発起人である女王陛下よりお言葉を頂きたいと思います」
珍しく宰相ニールによる露骨に皮肉めいた言葉。
しかしアリシア女王はそれに対して過剰に反応したりすることなく優雅な仕草で再び立ち上がり、まず皇帝に深々と頭を下げた。
そこに国の上下関係を気に掛ける様子は見当たらない。
逆に言えば、いつでもその場所を奪うことが出来るのだという自信の表れとも受け取れた。
「初めまして皇帝陛下。アリシア=ミア=レイクランドと申します。水の女王国の女王です。……この度は私のわがままからの会談を設けていただき心より感謝したします。尽力くださいました宰相殿や政務官並びに衛兵の方々にも心よりの感謝を」
女王は余裕の笑みで周囲に控える兵士たちにも視線をやる。
それに応えるように皇帝も丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、我が国の和平の為に尽力して頂いてくれていると耳にしております。私からも多大な感謝を。……こういった場ではロイと名乗っております。本名を名乗れぬこと、外交儀礼に反するのは重々承知ですが、どうかご容赦のほどを」
皇帝は笑顔でよどみなく返礼する。
――意外にデキるようだな。
宰相の教育がいいのか。
ちゃんと自らの立ち位置を理解した上で丁寧に出ている。
ちなみに皇帝の本名を知るのは親と本人のみ。
それが帝国皇族の伝統だ。
「さて女王といえど元はしがない町娘なので、堅苦しい言葉は苦手でして。正確な表現でお伝えしたいので普段の言葉で話させてもよろしいでしょうか?」
周りを見渡す女王に周りの面々は首肯で同意を示した。
「感謝します。……では。――我々女王国は先日のヴァルグランを震源地とした内戦の火種を消した功績を自負しておりますし、レジスタンス内でもこれまでそれなりに譲歩を重ねてきました。そしてその甲斐もありこの会談まで漕ぎつけることが出来たと自賛する次第であります」
不敵な笑みを浮かべ、先程の宰相の挑発ですら霞んでしまう挑発以上の何か。
そもそも
自分で
それを功績と呼んでもいいのか。
レジスタンスの人間である私ですら、少々で済まされない反感を覚えてしまう。帝都側からすれば……。
宰相は眉間にしわを寄せて女王をにらみつけていた。
ほかの者たちも何を言い出すのかと怒気をあらわにしている。
そんな空気を振り払うかのように女王は愛らしい笑みを浮かべた。
「別に利益を寄越せと、そういう話ではありません。ただ、今より私に時間を頂きたいのです。どうか私の話に耳を傾けてくれませんか? 質問はあとでまとめてお願いします。できるだけ皆の疑問にお答えすると誓います。……ここまではよろしいですか?」
特に帝都側からすれば、『何を勝手なことを!』という空気だった。
女王だから叩き出すことは叶わないが、出来るならばそうしてやりたいと彼らの顔がそう物語っていた。
それを破るようにクツクツと忍び笑いが漏れ聞こえた。
皆が息を飲んでその場違いな声の主――皇帝を見つめる。
彼は満足そうに頷いた。
「構わないよ。……アリシア殿はそれだけの発言が許されるだけの実績をお持ちだ」
少し砕けた物言いは堅苦しい物言いが苦手だという女王に合わせたモノ。
功績を実績と訂正したは皇帝として、なにより帝国として絶対にそれを認める訳にはいかないから。
だが発言に関しては許してやる、と。。
レジスタンス所属の帝国人も許せる範囲の譲歩だった。
考えてみれば宰相ニールが育てた皇帝だ。
暗愚なはずがなかった。
それなりの知識教養、交渉能力を彼から与えられたはずだった。
少々見くびっていたようだ。
そもそも我々は皇帝の能力すら知らなかった。
皇帝は取るに足らない宰相の人形と決めつけていた。
調べようともしなかった。
レジスタンスを主導していた私でさえそうなのだ。
――何故?
今更ながら、それに思い当たった。
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