マイカ、結婚を意識する。
ずっと帰っていなかった山。
さて何からしよっか?
家族とご近所に帝国土産を渡して、昔の友達や知り合いと会って飲んで騒いで、ウチの里の
そんなことをアレコレ馬車の中で考えていたんだけど。
…………イヤぁ、もう。
……ホント、ねぇ?
…………マジ大変だった。
寝る時間と家族と過ごす時間以外は一切の無駄が排除された、本気で計算されつくされた行程。『コレ、絶対にオカシイよね?』と考える間もなく流されるままひたすらそれをこなしていく。歓迎式をハシゴしながら友達や世話になった人たちとも会えたし、お酒も飲めた。
だけど普通それってワタシが自発的に会いに行くヤツっしょ?
流れ作業、同時進行でやるヤツじゃないっしょ?
おかげで僅か数日のことだったのにメチャクチャ疲れた。
クロエのねえさんの側にいるときと同じぐらい疲れた。
心の洗濯の為の里帰りで、まさかこんな目に遭うなんて想像もしていなかった。
――まぁ、運よく会いたかった人全員に会うことが出来た訳だから、それはそれでメチャクチャ嬉しかったんだケドさ?
でも頃加減ってモノがあると思うんだけど、…………どうかな?
帰りの船着き場で同じように、いやワタシ以上にぐったりしたブラウンを発見した。彼もこっちに気付いたのか頭を上げて弱々しく笑う。
――わかる。
わかるよ。
アンタはもっと凄かったんだろうね?
なんてったって、この国が誇る英雄様の凱旋だ。その歓待ぶりが目に浮かぶ。
ワタシは裏方仕事だからまだマシな方だ。
それでも先にお役御免で里に戻っていた山猫仲間たちが、女王の側近として物凄い活躍しているのだと言いふらしてくれたおかげで、出世頭として祭り上げられていた。
実家にもかなりの縁談が舞い込んできているらしい。本人がいないのだからと全部断ってくれているようだけど、それならば妹の方でもなんて話になるから困っているそうだ。ワタシの妹というだけでも十分価値があるとか。妹は別に悪い気にはならず、むしろその中からいい相手を探しているとかいないとか。
もう訳がわからない。
まぁ、妹を幸せにしてくれる相手なら大歓迎だ。
縁談自体は里に戻らなくても、姐さんとクロエのねぇさん経由で耳に入ってきている。何故か山岳国の軍人さんたちに人気があるらしく、
今まではそもそもの話、結婚したいなんて思っていなかったけれど、実際同じように山猫として命を張ってきた娘の一人が既に結婚していて、子供を抱いているのを見たときは流石に心が揺れたりした。
里に引っ込みたいとかそういう気持ちは全くない。
それだけは断言できる。
姐さんの側こそががワタシの居場所。
不要だと宣告されるまでは絶対に身を引きたくない。
だけど、ほんのちょびっとだけ『……
ブラウンの思い付きとはいえ、この里帰りは有意義だったんじゃないかなと思っている。生まれ育った村がにぎやかになって、死んだような目をしていたみんなの目が輝いていた。
それだけで胸に熱く込み上げてくるモノがあった。
ワタシの仕事がちゃんと里のみんなの役に立っていたのだと!
そんな感傷に浸りながら帰りの船の甲板で潮風を浴びていると、ブラウンがフラフラとした足取りで姿を見せた。
「……ん? ……大丈夫?」
コイツはびっくりするほど船に弱い。
行きの船でも青白い顔で横になっていた。
「船室に残っているよりは外で風を感じている方がいくらかマシってモンだろうよ」
不貞腐れた感じで強がっているのが面白い。
そんな死にそうな顔で何カッコつけているんだか。
ワタシたちは並んで潮風に当たりながら、ほど良く疲れた心と身体を癒していた。
「……ったく、里帰りなんてするモンじゃねぇよな?」
その言葉と裏腹にブラウンは本当に穏やかな顔をみせていた。
きっとワタシと同じ気持ちだったのだろう。家族や仲間たちに幸せを与えることが出来たという達成感。
ワタシもその軽口に付き合う。
「ホント、ホント。もう絶対にあんなお姫様扱いはイヤだね。……当分は帰らない」
ふと思い出して荷物袋に放り込んでいたパンを取り出した。この港町に到着してからあまりのイイ匂いに誘われて買ってしまったモノだ。
ホント良い感じでこの国は発展してくれている。
ワタシはおもむろにそれをちぎって口に放り込んだ。
「……散々ゴチソウを食わされたんじゃねーのかよ」
あきれた調子でブラウンが笑う。彼も相当な歓待を受けたのだろう。
「うん、まぁ、食べたといえば食べた。……でもなんか、ねぇ?」
「分からんでもねーな。落ち着いて味わう余裕なんてなかった」
彼も溜め息を一つ。
物欲しそうな目でこっちを見てきたので仕方なく半分に割って渡してやった。
ブラウンはパァっと輝く笑顔で受け取ると「……実はこの港に着いたときにいい匂いだなって思ってたんだ」とイタズラっぽく笑う。
二人して顔を見合わせて頷くと無言のまま齧り始めた。
「――結婚かぁ」
一瞬自分の心の声が漏れ出たのかと焦って周りを見渡したが、それを呟いたのはブラウンだったらしい。
彼は耳を真っ赤にしたままこちらに視線を合わせることなく、無心で水面を睨みつけていた。
何気ない風を装っているんだろうけれど、百戦錬磨の山猫マイカ様相手に取り繕おうなんて百年早い。
「……何? アンタも結婚したいの?」
言った直後に自分の失策に気付いた。
どうやらこっちも心を乱していたようだ。
――アンタ『も』って。
これじゃ自分の本心を晒したも同然だ。
今すぐ取り消したかった。
だけどアタフタするのが一番カッコ悪いとも思う。
だからワタシもブラウンと同じように何気ない風を装った。
彼は何故かそういうところだけは無駄に大人なのでイチイチ突っ込んでこない。
ただ、笑顔で青空を仰ぐだけ。
その姿がサマになっているのがシャク。
お互いポツリポツリと里帰りで感じたことを話し合った。
「――ワタシも家族が欲しいなって思っちゃって、さ?」
今までどこか片肘を張っていた部分があったと思う。
セカイがちゃんと平和になるまでは絶対に気を抜いちゃダメだと。
何をおいても、命に代えても、絶対にワタシたちの大事な女王陛下を守り抜かなければならない、と。
ポルトグランデで楽しく過ごしているときでさえ、常に警戒感は保ち続けた。
その後、女王国による平定があって。
今回の里帰りで幸せに過ごしているみんなを目の当たりにして――。
ワタシのダラダラとしたとめどない呟きが続くうち、徐々にブラウンの肩に力が入っていくのを感じた。山猫としての修練がそういった微妙な変化を掴ませる。
――果たしてそれがいいのか悪いのか……。
ワタシは何気なく景色を楽しむようなフリで潮風に当たりながら、ずっとブラウンが覚悟を決めるのを待っていた。
コイツは『ここぞ』という場面では絶対に決める男だと知っている。
それなりの付き合いだ。
だから、待ち続けた。
「――なぁ、……ど、どうせお互い相手もいないんだし、この際、け、結婚でも、すっか?」
普通そんな言葉が誠意ある愛の言葉だとは思わないだろう。
だけどワタシにはそれで十分だった。
「……まぁ、ワタシは別にそれでもイイけど?」
こうしてワタシたちはこっそりと甲板の上で『死が二人を分かつまで愛し続ける』ことを誓い合った。
……これがあの悪魔のような二人の策略とも知らず。
帝都に戻り、緊張しながらもワタシたち二人して「……もしかしたら、近いうちに結婚することになるかも?」「……何となく、そんな感じっす。……あと、まだ山猫はやめたくありません」と報告したときのあの二人の顔ときたら!
「えぇ!? あなたたち、いつの間にそんな関係になっちゃったの!?」
「本当に驚きですね!」
お互い顔を見合わせての白々しい表情!
その目の奥に『してやったり』の感情が見えた瞬間、悟った。
全て仕組まれていたのだ、と。
あの里での派手過ぎる凱旋パレードも何もかも。
何てことない。あれらは後で調べたら全て国費で行われたものだった。
ポルトグランデまでのゆとりのある日程も、里でイロイロな手配させる為の時間稼ぎに過ぎなかった。
これ見よがしにお互いの家族や友人を巻き込んで結婚したくなるようにワタシたちを誘導してみせた。
ダメ押しとばかりに、甲板に誰もいなかったのも全て。
――全て全て、全てだ!
ワタシの一生の思い出が!
彼が恥ずかしそうに、もしワタシに断られたとしても傷つかないよう軽い感じを装って、それでも彼なりに一生懸命頑張ったプロポーズが!
ワタシが必死の想いで喜びを抑え込みながら『仕方がないな』と言わんばかりの空気を纏いつつ、勇気を振り絞って返事をしたあの言葉さえ!
全て全て、この二人の
考えてみればセカイは平和になったとはいえ、まだまだ安定とは程遠い。
特に姐さんとクロエねえさんの肩には、依然として途轍もない責務がのしかかっていた。それは側近のワタシたちが一番知っている。
それにも関わらずこの二人がこうやって、完璧な日程を組んでくれた。
そこに何かの意図があったことは確実だった。
もちろん家族のように愛してくれていることぐらい承知している。
だけど二人はそれだけで貴重な時間を割いてくれるような優しい人間ではない。
それもワタシたち側近が一番知っていた。
山積みの仕事に追われる中、それを一時中断してまであの予定を立ててくれたのは、二人が即座にそれを優先すべきだと判断したからに他ならない。
果たしてこれは愛情の裏返しによる茶目っ気なのか。
それとも女王国を固める為の深慮遠謀なのか。
……はたまた単純に一向に減る気配のない仕事にうんざりしていたところに、ヘラヘラとワタシたちが顔を出して来たので、これ幸いと気分転換に利用しただけなのか。
ただ一つ確実に言えることは、この恐ろしい二人が同じ方向で手を組んで動き出せば、人の心を含めて全て思い通りにしてしまえるということだ。
そしてワタシたち夫婦は、ずっとずっと先の先まで二人のおもちゃなのだろうな、と。
それを骨の髄まで叩き込まれた一件だった。
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