第15話 アリス、クロードに笑顔で別れを告げる(上)

 

 はてさて、オレはクロードの『鬼畜願望垂れ流し発言』に対して、どういった反応を示せば良かったのだろうか?

 セカイの頂点にまで上り詰めたこのオレが、多少のことでは動じることのないこのオレが、思わず言葉に詰まってしまうぐらいヤツの妄想は歪み切っていた。

 流石にここまでとは思っていなかった。

 悪気はなかったが、少々ヤリ過ぎた感は否めない。

 こんなヤツと一緒に隠遁いんとん生活をさせられていたサファイアとルビーの苦労を思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。


「……で、どうすりゃいいんだよ?」


 いきなりクロードが訊ねてきた。

 言っている意味が分からず、思わず曖昧な笑顔で首を傾げてしまう。

 まだオレ自身、あの衝撃宣言から立ち直れていないらしい。

 それでもなお今の状況で、アリスのの為に覚えたクセが反射的に出てくるあたり、自分の中で徹底出来ていると感心してしまう。

 それと同時に、この頭の中までアリスに侵食されている具合が相当重症だなとも思えた。 


「……だから、コレだよ。この流れだとこの話しかねぇだろう!」


 クロードはオレに対して得意げに胸を張って宝具〈逆巻きの懐中時計〉を突き付けてきた。先程の仕返しのつもりらしい。


 ――あぁ、ソレの使い方ねぇ?


 そこでオレは一瞬だけ考え込む。

 現状を冷静に再認識し、それを加味しつつ、より良い未来に向けて調しながら一気に思考を纏め上げていく。

 先程からずっとそれの繰り返しだった。

 まぁ、この感覚は何度経験しても快感なのだが。

 思わず笑顔になってしまうのを隠す為、オレは大げさに溜め息を洩らした。

 

「――ちなみにマールは何て言っているんだ?」


 そして時間稼ぎに質問を質問で返す。 

 オレの言葉に疑問を持たないクロードが中空を睨みつけた。


「……おい、マール! コレどうすりゃいいんだよ?」


 クロードは耳を済ませていた様子だったが、一拍置いて鼻で笑いだす。


「……『新しいセカイで災厄を起こすと分かっているヤツに教えられる訳がないだろう』ってさ」


「まぁ、マールの気持ちは分からんでもないな」


 歪み切ったコイツはマールにとってオレ以上の危険な存在だ。

 

「――『新しき扉よ開け、我を迎え入れよ』だ。目を瞑って右手で宝具を掲げながらその言葉を唱えるだけでいい。……こんな感じに、な?」


 オレは目を瞑りながらゆっくりと右手を握り込みながら高く上げ、今の台詞を唱えてやる。するとクロードは不意に中空を見ながら大声で笑い出した。

 心の底から楽しそうに。


「……ん? ……どうしかしたのか?」


「いや、……な? マールが『信じるな! そんな言葉じゃない! お前はメイスに騙されているんだ!』ってよ!」


 そしてヤツは更に大声で笑い続ける。

 やがて苦しくなってきたのか、何度も深呼吸して息を整え始めた。


「……ふぅ、……マールの今のって、逆にお前の言葉が正しいって暴露したようなモノだろう? ……そんなことにも気付かないって、実はマールってバカだったのか?」


 思わずオレも噴き出してしまった。


「何だよ? オマエ、もしかして今頃気付いたのか? ……何でも見通せるなんてデカイことを言っておきながら、このオレ相手にずっと後手に回っていたぐらいだからな。……そこそこのマヌケだと思うぞ? ちなみにオレは1周目の時点で、コイツはバカだって気付いていたがな」 


「いやー、俺も何となく聖域に入ったあたりから、『アレ? コイツちょっと怪しいな』って思っていたんだ」


 言うやクロードが再び苦しそうに笑い始める。

 そしてしばらくの間、オレたち二人の笑い声が広間に響いた。

 


 二人して笑い疲れた頃、突然『ゴゴゴ』と地鳴りが響き始めた。

 城というよりもこの島全体が揺れている感覚だ。


「あぁ? 何だよ? いきなり」


「……魔王が滅んじまったからな。この城と島は海の中に沈むんだよ。……オレたちのときもそうだったぞ?」


 ただ、今回はエラく崩れ始めるのが気がする。

 もしかして笑い物にされたことを怒っているのだろうか?

 ……ったく、コイツもクロードに負けず劣らずのガキじゃねーか。


「なぁ、……オレも早く帰りたいから、そろそろ2周目に行ってくれよ。……せっかく魔王が倒されたっていうのに、こんな場所で死んじまったら笑い話にもならねぇ」


 オレは早く行ってしまえと言わんばかりに、クロードに対して『シッシ』と邪険に手を振ってやった。


「そんな扱いしてくれるなよ。……これでも魔王討伐の功労者サマだぞ?」

 

 クロードが拗ねたフリをしながら大げさに嘆いて見せる。

 だがすぐに笑顔に戻ると右手で宝具を握りしめ、ゆっくりその手を高く掲げた。


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