第16話 アリス、クロードに笑顔で別れを告げる(下)
「――あぁ、言い忘れていたが、最初の町でレスターを助けなかったら次の勇者が出てくるはずだ。少なくともオレのときはすぐにオマエが現れた。……その後は、まぁ好きなようにすればいいさ」
オレは目を閉じたクロードにアドバイスを一つ。
「何から何まで感謝する。……是非そうさせてもらおう」
クロードは目を開くと本当に良いことを聞いたとばかりに満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。
オレは内心で息を飲む。
コイツがあのレスター少年のことを大事に思っているのは知っていたが、2周目セカイでは容赦なく切り捨てるつもりらしい。
――なかなかの悪党だ。
いい具合に腐っていやがる。
同じように見捨てたオレも同類なのだが。
「じゃあな。……健闘を祈るよ、兄弟」
オレは笑顔でクロードに手を挙げる。
「……あぁ、お前こそこの平和なセカイで達者に暮らせよ、兄弟」
クロードも晴れやかな笑顔を見せると、再度手を天井に向けて突き出し、ゆっくりと深呼吸した。
そして――。
「新しき扉よ――」
目を瞑りながらオレの教えてやったとおりの言葉を唱え始めた。
オレは目を瞑って突っ立っているクロードを見つめる。
――あぁ、だから何でオマエはそんな無防備な姿を、よりによってこのオレに見せちまうんだろうなぁ。
まるで成長していない。
これじゃあ、「どうぞ、ブッ刺して下さい」と言わんばかりじゃないか。
しかもお
要するにコレで刺してくださいっていうコトなんだよな?
……仕方ない。
そこまでされたら、むしろちゃんと刺してやるのが礼儀ってヤツか……。
オレは呼吸を止めると、一気に間合いを詰めた。
そして先程受け取った剣で装甲の薄い内腿狙って、思いっきりブッ刺す。
クロードの足からはまるで噴水のように血が噴きあがり、激しい戦闘で石畳がめくれた瓦礫まみれの床を真っ赤に染めあげた。
「…………へっ?」
クロードがかすれた声で呟いた。
訳が分からないと言わんばかりの表情でゆっくりと瞼を開く。
――あぁ、本当にその顔が見たかった。
ずっとずっと、オレは、この為だけに頑張って来たのだからな。
オレは呆けたままのクロードに顔を寄せる。
唇と唇が触れる寸前まで近付き、眼球の奥の奥まで覗き込んだ。
「…………なんでだよ?」
クロードの擦れる声がオレの鼓膜を優しく愛撫する。
お返しとして、アリスの声と笑顔で答えてやった。
「――だって、もうやりたいことは全てやりきってしまいましたから」
なぁ、オレって最高に可愛いだろう?
このとびきりの笑顔を作る練習の為に相当な時間を費やしてきたんだぞ?
愕然とするクロードの表情が何とも言えず、ゾクゾクした。
山岳国を平定した頃だろうか?
先が見えてしまった。
オレはこのまま進めば、間違いなく当初の予定通りセカイを統べる立場になれるだろう、と。
臣下たちの信頼を一身に浴びて。民衆から賞賛されて。
きっとオレはこのセカイで栄華を極めるだろう。
……で?
その後は?
オレはその先、何を楽しみに生きていけばいい?
まさか、緩やかで穏やかな時間を頼もしい彼らと過ごしつつ、自国の繁栄を優しい目で見守り、やがて何十年後に訪れるであろう安らかな死を待てとでも?
――冗談じゃない!
女王としての名誉なんざクソくらえだ!
そんな退屈な人生に何の価値もない!
確かにその未来はヒトとして目指す
間違いなく輝かしい成果だとも思う。十分誇ってもいいはずだ。
それを望む人間にとってはこれ以上ない最高の人生かもしれない。
だがオレからすれば、それは『
「――もういい加減このセカイにも飽きてきましたし。……ですから、そろそろ3周目に挑戦しようかな、と」
そういうコトだ。
クロードは呆けた表情でオレのことを見ていた。――光のない瞳で。
「……なんだよ……ソレ? ……訳わかんねーよ」
クロードは力なく呟くと、その場に崩れ落ちた。
最初からコイツ程度の人間に理解してもらおうなどとは思っていない。
オレはいつの間にかヤツの手から落ちていた宝具を拾い上げた。
「それでは引き続きこのセカイをお楽しみください」
最後にオレは会心の笑顔を見せつけながら、ここぞとばかりにクロエに仕込まれた帝国淑女の会釈をしてやる。
そして蹲ったまま意識
――コレはせめてもの
ちゃんと最後まで楽しませてくれよ?
「……ふざけんな、……ちくしょう!」
生命力を削りながら吠えるクロードを残して、オレは颯爽と駆け出した。
再び地面が揺れる。
どうやら本格的に魔王城が崩れそうだ。
最高に楽しい気分の中、オレはこの場を離れた。
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