第17話 クロード、アリスの思考を辿る(上)


 薄れゆく意識の中で、遠ざかっていくアリスの軽やかな足音だけが鮮明に聞こえていた。

 俺は絶対に倒れまいと歯を食いしばり、最後まで残していた霊薬エリクサーを手探りで懐から取り出す。そして覚束おぼつかない手でビンを開けると、無理やり口の中に流し込んだ。

 あっという間に痛みが薄れていき、身体の感覚も戻ってくる。

 取り敢えず何とか命だけは助かったようだ。

 落ち着いた気持ちでホウっと溜め息をつくと、今度は急激に内腿が痛みだした。

 見ると剣が刺さったままだった。このまま放っておく訳にはいかない。


「……あぁッ、クソッ!」


 俺は深呼吸して覚悟を決めると、太腿に刺さった剣の柄を逆手に持ち、強引に引き抜いた。痛みともに傷口から一気に血が噴き出て、血まみれになっていた床をさらに真っ赤に染めていく。

 慌てて腿を押さえながら回復魔法を唱えると、徐々に傷口が塞がれていき痛みも遠のく。何とか治療を終えると、俺はその剣を杖代わりにして立ち上がった。



 周りを見渡すも、目につくのは床に倒れたままの三人の女だけだ。

 当然ながら、アリスの影も形もない。


「おい! マール! ……今ヤツはドコにいるんだよ!?」


 天井に向かって問いかけたが、こちらも返事はなし。


「ちくしょう!」


 俺は苛立ち紛れに叫ぶことしか出来なかった。



 やっとのことで手に入れた宝具はアリスに奪われ、マール神の加護も失った。


 ――もう終わりだ。


 たった一つの希望だった2周目がこんなにもあっさりと消え失せてしまった。

 あまりの絶望感に立ちくらみと吐き気が起きる。


「……俺は今まで何の為にここまでやってきたんだよぉ」


 耳に届いた俺の声は、本当に自分のものかと思える程の情けない泣き声だった。

 気付けば涙が頬を伝っている。

 もういっそのこと、今ここで駄々っ子のように床に転がって泣いて叫べば、優しい誰かが颯爽と現われて助けてくれたりするのだろうか?

「大丈夫だよ」って、泣きじゃくる俺を優しく抱きしめ、あやしてくれるのだろうか?


「……って誰が!?」


 俺はあまりにヒドイ現実逃避から舞い戻る。

 名実ともにセカイの敵である俺を助けてくれる奇特な人間などない。

 夢想も過ぎればここまで滑稽なのかと思わず涙も引っ込んだ。

 

「死ぬ思いで魔王を倒した英雄サマなのに……なぁ」


 あまりの展開に乾いた笑いしか出てこなかった。



 

「…………あぁ、もういいや」


 俺は小さく呟いた。

 やってられるか。

 もういい。ホント、もういい。

 

「……よし、取り敢えずこのセカイをツブしておこう」

 

 その先のコトは後でゆっくりと考えればいい。

 俺は腹を括った。

 まずは帝都に向かおう。

 サファイアの報告では、今帝都には主だった人間が集まっているらしいし、丁度いいだろう。

 さんざん俺のコトを虚仮にしてきたヤツらからまとめて血祭りにあげてやる。

 

「……抵抗する人間も命乞いする人間も関係なく片っ端からってやるよ」


 どうせ今の俺に敵う奴など居やしないんだから。

 シーモアだろうがロレントだろうが、全員まとめて掛ってくればいい。

 カンタンに返り討ちにしてやるさ。

 一番厄介なアリスがいないこのセカイなんて、残りカスも同然。

 帝都が片付いたら今度は――。 




「――いや、待て。……何だ、この違和感は?」


 俺は首を何度も横に振る。

 この前、聖域でマールの話を聞きながらアイツの思考を追いかけていたときと全く同じ感覚だった。あのときはマールのせいで中断させられてしまったが、今回は、今回だけは絶対に逃してはならない気がする。

 同じてつを踏む訳にはいかない。

 

 ――考えろ!

 ちゃんと考えろ!

 途中で考えるのを止めるな!


 俺は今までで一番深い呼吸をすると、思考の海に沈みこんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る