第17話 ディアナ、いきなり現れた女性を警戒する(三)


 私が夫と結婚できるまで、紆余曲折うよきょくせつあった。

 領主様と田舎娘が愛し合って結婚だなんて、本当になのだと思い知った。

 そもそも当時の夫には数々の縁談が舞い込んでいたらしい。

 考えてみれば跡継ぎを作るのも若き領主の立派な仕事。もし作らずに夭逝ようせいしてしまえば、待っているのは跡目争いという領を割る大混乱だ。

 よって、夫の婚姻は領を支える重臣たちの関心事の一つだった。

 すでに有力候補もあったそうで、一人は帝都関係者の娘。

 分かりやすく帝国に逆らうつもりはない証明としての政略結婚だ。

 そしてもう一人は領議会重鎮の娘。

 こちらは若い領主を補領全体で支えるのだという強い意志を示す為。

 夫は幼年期より人質として帝都に住んでおり、領を離れている期間が長かった。だからちゃんとヴァルグラン領のことも大事に思っていると示す為にも必要な婚姻だったらしい。

 どちらがより良い選択なのか皆が頭を悩ませる状況で夫は村娘の私を連れて現れた。当然領議会は紛糾ふんきゅうする。

 そんな収拾つかない議会に堂々乱入してきたのは、だった。


 

 彼はかつての『帝国による侵略戦争』において功を上げ続けた生粋の武人で、前々領主の盟友。夫の後見人であり、孫のように大切に思ってくれている人だった。家督こそ息子に引き渡していたものの、存在感はヴァルグラン随一。相談役として度々領城に顔を出していた。


『――考えてみろ。帝都から迎えても臣下の娘を迎えてもカドが立つのだ。だだからずっと決まらずにいたんだろう? たとえ両方受け入れたとしても今度はどちらがかで揉める。奇跡的に決めずにおける状況をつくることが出来たとしても、やはりどちらが先に後継ぎを作るかで揉める。そして次期領主を誰にするかでまた揉める。ずっとずっと揉め続ける。…………違うか?』


 その言葉に議場の大半が頷いた。

 老人は皮肉気に口元を歪めて彼らを見渡す。


『しかしながら、いつまでも妻が決まらないという状態は一番避けるべきことだな? 領の存続に関わる。……ならば、いっそ名もなき村娘でもめとっておいた方がまだ幾らかではないか? 少なくとも民は大歓迎するぞ? それを考えるとと言い切れん。『身分差を越えた大恋愛』? 結構結構。領民の人気取りも領主の大事な仕事だろうて。……なぁ、お前はどう思う?』


 不敵な笑みでそう言い放つと、近くにいた年嵩の重臣の一人に問うた。

 彼は少し悩んでから了承とばかりに頷く。

 それを呼び水に皆が了承していく。

 こうして容易たやすくその場を収めてしまったのだ。

 幾らかマシだとか悪手だという言い方にカチンときたが、それ以上に第一夫人という言葉の方がショックだった。

 そう。

 後継ぎが不可欠な領主にはそれが常識だった。

 将来的に夫は自分だけを愛してくれないかもしれない。

 それを考えて寒気がした。



 しかし話には続きがあった。

 その議会の直後、夫は別室で私と老人の顔合わせの機会を作った。


『先程は失礼な物言いをして、大変申し訳ないことを致しました』


 そこで老人は先程の振る舞いとは全く違う丁寧な物腰で謝罪してくるのだ。

 議会での横柄な態度は芝居だったのだと、一瞬で理解した。

 ヴァルグランの功労者とも言える彼にそこまで頭を下げて貰うと恐縮する。


『アラン様からディアナ嬢を妻に迎えたいと相談を受けておりましてな。しかも第二夫人を迎えるのもイヤだ、と。貴女だけを一生愛し続けていたいのだと駄々をこねまして。……随分とワガママな男に育ったものです。私にも責任の一端があるのは否定しませんが』

 

 溜め息交じりのその告白に、夫が気まずそうに顔を伏せた。

 私としては彼の心が知れて、人目もはばからず小躍りしたい気分。


『議会が反発するのは目に見えている、何とか彼らを黙らせないものか、知恵を貸してくれと泣き付かれまして、結局こんな感じになりました』


 アランは隠しておきたかった恥ずかしい部分を全部晒されて何ともいえないしょぼくれた表情を見せる。それすらも愛おしかった。


『重ね重ね失礼な物言いになりますが、村娘を第一夫人にすれば、どこの貴族令嬢がノコノコと第二夫人にしてくれと姿を見せましょう? 家格を大事にする帝都からは絶対にありえないでしょうな』


 老人はしてやったりの笑顔をみせる。実は同意を求めた年嵩の重臣はかつての部下、つまり仕込み済みだったと。


『……残るは領内の縁談ですが、こちらはお二人で仲睦まじく過ごされ、跡継ぎが生まれましたら……いずれ話も出なくなるでしょう。二人の間を割って入るのは大多数の領民を敵に回す行為だという空気を作ってやればよろしい。それでも野心ある者がになりたがるやも知れませんが、儂の生きている間は目を光らせておくと約束致します。息子にもきちんと言い含めておきましょう』


 その老人はカイルの誕生を満面の笑みで見届けると翌月に亡くなった。

 今でも私たち一家は毎月欠かさず彼の墓参りをしている。

 


 私は彼の一生涯を通して見せてくれた忠誠の為にも、夫そしてヴァルグランを全力で支え続けなければいけない。

 深呼吸をして気合を入れ直す。


「――あ、戻ってきた!」


 そんな私の顔をカイルが覗き込んで笑い出した。


「あら? ……お母さま。お帰りなさいませ」


 娘も笑顔で声を掛けてくる。

 

「……え? え? …………ただい……ま?」


 訳も分からず反射的に返事すると今度は夫が噴き出した。


「うんうん。キミはそういうところが本当に可愛いらしいね」


 夫からの思わぬ一言に顔が真っ赤になるのを感じた。



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