第18話 ディアナ、いきなり現れた女性を警戒する(四)


 何やら知らない間に話し合いが進んでいたようだ。

 和やかな空気の中、メルティーナに付き添いの少女が咳払いをして自身に注目を集める。


「先程も申し上げました通り、私たちはこれから始まる帝国を二分する内戦を最小限に抑える為、命を懸けてここまで来たのです。貴方たちが愛した領民は誰一人として殺していません。青あざぐらいはできているかもしれませんが。……どうか、その意味を理解してもらえませんか?」


 その言葉に夫が納得したように頷く。

 少女も頷くと次は娘に向き直る。


「アンジェラ様。宰相ニール=アンダーソン殿宛てで一筆したためて頂きたいのです。……よろしいでしょうか?」


「何故私がニール様にお手紙を? ……我らヴァルグランが今後中立を保つというだけで、何の不足がありましょう?」


 毅然と突っぱねる娘の態度が頼もしい。

 単純に同年代の、それもやや年少の少女に頭ごなしに命令されるのが我慢ならないだけというのもあるだろうが。

 それでもマストヴァル令嬢に相応しい堂々たる姿だった。


「いえいえ、そんなことはありませんよ。ヴァルグランの中立はこれからの帝国に多大な利益をもたらすことでしょう。それは間違いありません」


 少女は半笑いで娘をいなす。

 その余裕のある態度がシャクに障った。


「でしたら、もうよろしいではありませんか?」


 娘は丁寧な口調を保ったままだが棘を隠そうともしない。それを受けて少女は少し声を落とす。


「もっと円満に、それこそ戦争をせずに済む方法があるのなら、使わない手は無いでしょう? ……それにお二人は手紙をやり取りさせる、そういう『親しい仲』だと伺っておりますよ?」


 そして意味ありげに微笑んだ。何故そのような家族だけの秘密を知っているのか。

 この少女は一体何者なのか?


 ――この場で一番偉そうではないか!

 

 確かに美しいのは認めるが。娘だって負けていない。


「あらあら、そうだったの?」


 少女の言葉に対して過敏に、大袈裟に反応したのはメルティーナだった。

 彼女は噴き出すように笑い声を上げる。

 

 ――でもやっぱり一番ムカつくのはこの女だ。

 

 私は戦闘態勢に入る。


「娘をバカにするのは止めて貰えますか!」


 そんなにウチのアンジェラは宰相殿とは不釣り合いか?

 お前も田舎娘が産んだ『偽物マガイモノのお嬢様』と愛娘のことをバカにするのか!?

 私と娘が一緒になって彼女を睨みつける。

 メルティーナは違うと言いたげに首を横に振りながらも、笑顔は変わらない。


「ゴメンなさい。本当にそんな意味で言った訳ではないのよ? お嬢様は大変素敵です。帝都にいる親の威光を笠に着てふんぞり返る下らない娘などお呼びでないほどに。……むしろ逆ですわ。真面目一辺倒で面白みも無く誠実さだけしか取り柄ない、あんな退屈な男のどこが気に入ったのかと不思議でして」


「そちらのほうが不遜です!」


 娘がついに感情を露わにして叫んだ。


「宰相殿に対してなんという不遜な言葉! あの御方のことを何も知らないくせに! ……取り消しなさい!」

 

 その一喝にメルティーナは我慢できないと言わんばかりに大声で笑い出す。

 そして何故か夫までも!

 愕然として味方であるはずの夫を睨みつけると、彼は何度目になるのだろう気まずそうに咳払いする。


「……その、メルティーナは宰相殿の妹君でもあるんだ」


 娘はあまりの衝撃に驚く。

 その顔は若い頃の、田舎娘だった頃の私にそっくりで。

 不思議な感覚だが、娘は確かに私の娘だったのだと妙に感心してしまった。

 それぐらい『貴族の仮面』を取っ払ったアンジェラは普通の娘で。

 そんな娘をメルティーナは初めて見せる優しい表情で話しかけた。


「あのバカ兄をそこまで信頼して想って下さり、本当にありがとうございます。きっと貴女は今までアレを陰から支えてくれていたのでしょうね? ……妹として心より感謝しますわ。どうぞあんな男ですがこれからもよろしくお願いします」


 メルティーナはまるで貴婦人のような丁寧な礼をする。

 反射的に返礼する娘が少し滑稽こっけいだった。




「――さて、それでは別室に移動して話を詰めていきませんか?」


 少女が声を上げると夫が頷き、笑顔で皆を先導し部屋を出ていく。

 レジスタンス兵たちもそれに従って広間を後にした。


「ねぇ、あの少女は一体誰なのかしら? ……メルティーナさんの娘か何か?」


 最後尾で同じように移動しようとする娘にこっそり尋ねると、彼女は眉を顰めるのだ。


「まぁ、お母さまったら本当に何も聞いていらっしゃらなかったのね? ……あの御方は水の女王国のアリシア女王陛下よ」

 

 声も無く驚く私の表情を見て、今度は娘と息子が盛大に噴き出した。




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