第19話 ニール、手紙を受け取る(上)

 

 ヴァルグラン領境を挟んでレジスタンスと睨み合っているとの報告を受けて、急ぎ軍を編成し派兵完了した。滞りなく行程をこなし、近日中にはヴァルグラン入り出来るとの報告を受けている。

 今のところ小競り合い程度の戦闘こそ散発しているものの、両者ともに大した被害は出していないという話だ。

 一応レジスタンスにも理性は残っているようで何より。

 ロレントがリーダーとして公然と名乗りを上げたらしいが、実質取り仕切っているのはテオドール=ターナーのはず。

 そして彼の妻はメルティーナ。

 彼ら夫妻がしっかりと手綱たづなを引いてくれているならば目に余る暴走はないと、我ながら楽観めいた甘い見通しを立てていたが、何とかこちらの希望通りの展開になっている。これで一安心といったところか。

 ウラで活発に動いている女王国も、はイーギス以後おとなしくしてくれている。

 内戦は避けられないと推測していたが、国を滅茶苦茶にするような展開だけは御免なのはお互い一致するところ。

 戦争をしないのが理想だが、するならするでこういった理性の働いた状況での戦争を継続していきたいというのが偽らざる本音だった。

 そういう意味では両者ともに上々の滑り出しといえるだろう。


 

 今後の展開に向けての充実した会議を終えた私が執務室の扉を開くと――。

 誰もいないはずの部屋の真ん中にポツンと見慣れない少女が立っていた。

 

 ――……!?

 ……衛兵は何をしていた?


 いや、そうではない。

 衛兵が機能する時点で潜入任務はなのだ。

 本気で仕留める気ならば最高の駒で。

 一発で。

 確実に。

 

「……なるほど。なるほど」


 不覚にも笑みをこぼしてしまった。


「いやはやレジスタンスも思い切った手を使ってくるものだ。安心させておいて直接私の首を取りにくるか。……これは見事過ぎる」


 悔しさすら感じない。ただただ感心するのみ。

 完全にしてやられた。恐ろしく鮮やかな一手。

 これで帝国はレジスタンスのモノだ。


「あ……あ、あ、あの、ち……ち、違いますから!」

 

 私の言葉に激しく反応した少女が何度も首をブンブンと横に振る。手も落ち着きなくワタワタしている。

 何だか可哀想になるぐらい必死だった。

 改めて見ると本当にあどけない少女だと知る。


「ボク……ワタシは女王アリシアの遣いとして、この手紙を届けに来ただけなんです! 信じて下さい! 本当に違うんです! 危害を加えたりしませんから!」


 ……ほう。

 これが女王の子飼いとして有名な山猫とやらか。

 私が何を考えているのか知る由もない少女は、焦った表情のまま胸元を探り、手紙を取り出して勢いよく差し出してきた。

 そもそも最初から娘は武器など手にしていなかったのだと、今更ながら気付く。

 一応私は警戒を解かず慎重に近付き、突き出されたままの手紙を受け取った。


「……これは!」


 『宰相殿へ』と一目見て分かるアンジェラによる筆跡だった。

 それだけで一気に鳥肌が立つ。

 女王国がコレを私に届けるという意味が分からないほど馬鹿ではないつもりだ。 

 反射的に目の前の少女を睨みつけると困ったような表情で目を伏せた。

 

 ――女王国はアンジェラと何らかの接触を果たし、コレを書かせることに成功した。


 手紙の内容は十分想像出来た。

 援軍を引き揚げさせる。

 ヴァルグランの所有権をレジスタンスに認めさせる、などなど。

 女王国はアンジェラが私に対してのだと知っていたらしい。その情報をもたらしたのは――。


 ――メルティーナか?

 いや、違う。

 この一手は妹らしくない。


 長い間、兄をやっていた男の勘だ。

 私は心を落ち着かせる為に一呼吸おいて来客用ソファに腰掛け、ゆっくりと手紙を開いた。

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