第20話 ニール、手紙を受け取る(中)



 アンジェラからの手紙の内容は私が懸念していたモノとは違って穏やかだった。

 いつも同様丁寧な筆使い。それだけ取ってみても切迫せっぱくした状況にはないのだと理解するに十分。

 私も家族も領民も無事だから安心してくださいとのこと。

 ただ今後は戦争を大きくしない為にも中立を約束することになった、と。

 ヴァルグランに向かっている援軍とレジスタンスによる不測の衝突を避けたいので、宰相殿の名前で命令を出して兵を引かせて欲しいとのこと。  

 アリシア女王からの手紙も是非一読を、とのことだった。

 最後にいつものように『くれぐれもご自愛ください』との結び。



 手紙を読み終えると安堵あんどの息が洩れた。

 女王という言葉があったこと、そしてこの手紙をその女王の遣いが持ってきたことから考えて、アリシア女王が立案し妹が採用したのだと推測できた。

 丁寧に手紙を畳み顔を上げると、少女が今度は違う手紙を差し出してくる。


「それがアリシア女王の手紙なのだな?」


 少女は先程とは違ってきりりとした表情で無言のまま頷いた。



 親書の割に内容は実に簡潔だった。

 時候の挨拶などなく単刀直入に。

 ヴァルグランは既に係争地ではないこと。

 この内戦の勝者がどちらになろうとも、ヴァルグランは治世に重要な地となる。

 女王国としては荒れた帝国と共倒れになるつもりはなく、かの地は両陣営ともに触れずにおこうと、と。

 これを機に一度話し合いの機会を設けてみたいのだが、そちらの都合を聞きたい。

 会談の交渉中は休戦状態を強く望む。

 少なくともレジスタンスと女王国側は決裂するまで帝都と戦争を再開する意思はないということ。

 もし戦争が起きるとすれば、帝都側からの宣戦布告によるものである、と。

 何よりまずは交渉を。

 そちらの指示する日に白銀城を訪れるので、決まれば使者をポルトグランデに派遣して欲しい。

 レジスタンス側の出席者は中枢部の人間と貴族や補領領主たちなどで、帝都入りする兵は護衛に必要な最小限に留めると約束する。

 教会関係者と女王国関係者も参加したい、と。

 あくまで用件は話し合いなので、そちらも余計な緊張を強いるような出迎えだけは絶対に避けて貰いたい。

 その場で女王国はアンダーソン一族が皇位継承に介入するのかを問いただすつもりだ。

 ただ皇帝を傀儡にして私利私欲をむさぼる為なのか、それともなのか、そのあたりを詳しく聞きたい。

 もしこの地にが迫っているのであればこのセカイの住人である女王国としても他人事でいられない。

 是非知恵を出し合いたいと願う。

 皆で納得できる結論を出せることを心より期待している。 

 まずは城内で相談の程を――、と。



 私は一読し深く息を吐いた。

 さきほどと違って重く深い息。


 ――女王はまで知っているのか……。


 その上で詳しく話を聞きたい、と。

 協力したい、と。


「――あと、クロ……メルティーナ様からの手紙も預かっております」


 どう考えてもメルティーナがウラにいるのは明らかだった。

 辺境の女王が知っているはずがない。

 アレの考えていることは昔から意味不明だったが、今回はケタが違う。

 本当に同じ両親から生まれたのかと疑問に思う。

 一体何を企んでいるのか?

 

「――クロエさんはボクにとってもう一人のお母さんなんです。そんな悪い風に思わないで貰えますか?」


 少女は鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。

 殺気を纏った雰囲気に不覚にも圧倒されてしまう。

 まさか私の考えていることの一部分でも読み取ったのだろうか。

 これでも長い間宰相をやっているのだ。

 それ程簡単ではないはず。

 おそらくこの娘は女王か妹、もしくはその両方から何らかの教育を施されているのだ。

 

 ――女王国はこんな娘を量産しているのか。


 簡単に敵の急所を突き、細やかな心の動きを読み取ることが可能な、それでいて周囲に全く警戒させないあどけない少女たち。


「すまない、君にとって妹は大事な人なのだな。……アイツをそこまで思ってくれることに感謝する」

 

 私の謝罪と礼に対して少女は驚いた顔をしたかと思えば、今度は目に見えてアタフタし始める。


「あ、あう。その……忘れていました。宰相殿はクロエさんのお兄ちゃんだったのでした。こちらこそ失礼なことを言っちゃってごめんなさい!」


 そして物凄い勢いで落ち込んだ。

 この起伏の激しさはシーモア並みか。

 ただアイツは自分で意識して切り替えている。

 それと違いこの娘のなんと不安定なコト。

 理解しがたいいびつな存在だった。

 

 ――それにしてもお兄ちゃん、か。


 私たち程その親し気な言葉が似つかわしくない兄妹も珍しかろう。

 どうせ、アイツもアイツで私のことを『アレ』だの『真面目なだけで融通の効かない退屈な男』だの好き放題言っているに違いないのだ。

 少女がクスリと笑った。


「……心を読んだのか?」


「はい。しっかり顔に出ていましたよ。……でもです」


 少女は先程の殺気などなかったと思える程、にこやかに微笑む。

 どうもこの娘は掴みにくい。

 洞察力に優れている凄腕なのは頭でちゃんと理解しているのに、雰囲気がそれを阻害し、警戒することができない。

 そんなことを頭の片すみで考えながら妹の手紙を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る