第21話 ニール、手紙を受け取る(下)
――それにしても、アレからと、な?
生まれて初めてもらったかもしれない。
メルティーナからの手紙に不思議と私の心が躍る。
……ただ内容自体は恐ろしい程薄く世知辛いモノだった。
使者の少女は女王の最側近だから必ず生きて返せ。
アンジェラ嬢みたいな親子程離れた年齢の娘に手を出すヒマがあるならばもっと国の為に働け、とも。
…………。
私は小さく嘆息する。
――二十年ぶりぐらいの兄妹の交流がコレ……か。
妹らしいといえば妹らしいが。
おそらく女王から何か書けと言われたので仕方なく書いたという感じだろう。苦り切ったアレの顔がアリアリと浮かんでくるようだった。
目の前の少女もそのときの光景を思い出したのだろう、声を押し殺して笑っていた。
せっかく穏やかな雰囲気になったのだ。今後の為に生きた情報を手に入れておきたい。
――ここからは私の手番ということでいいだろう?
この娘ならば別に気を悪くしたりしないはず。
それも含めて、あちらはこの娘を差し出してきたのだ。
……好きなだけ聞けばいいと。
「さて、私からも聞きたいことが幾つかある。……アリシア女王は帝国をどうするつもりなのだろうか?」
「えーっ、その、……」
私の有無も言わせぬ切り出しに少女は言葉を詰まらせ、助けを求めるように周囲を見渡す。私も思わず一緒になって探ってみたが、そんな存在あろうはずもない。
見るからに政務官向きではないからそういう話は最初から期待していなかったのだが。だが妹の手紙に、『この娘は女王の最側近』とあった。
援護とまでは言わなくとも、妹なりのバランスの取り方だろう。
取れる『情報』は必ずある。
「……あぁ、そういえばまだ君の名前を聞いていなかったな。私はニール=アンダーソン、ニールと呼んでくれて結構。」
ここで話しやすくしてやる。
「あ! はい! パールと申します。ニール様、……いっ……以後、おみ、おみ……おしりおき?」
「だから落ち着きなさい。無理して敬語を使わなくてもいい。公式な場ではないのだから」
「……はい、ごめんなさい」
例によって落ち込む少女。
まただ。
やはり起伏が激しすぎる。
まるで私がネチネチといじめているみたいで心苦しい。
「取り敢えず座ろうか?」
私が向かいの席に勧めると、彼女はしおしおと肩を落としながら着席した。
「心配しなくても女王からの申し出は受けるつもりだ。一応皇帝陛下への相談や他の者への根回しは欠かせないが、会談は私の名誉に懸けて必ず開かれると約束しよう。……その上で私としても和平の為に必要な情報が欲しいという、それだけの話なんだ。だから君――パール嬢と話して是非ともそれの糸口をつかみたいと――」
優しく諭すように話せば、彼女はがばりと顔を上げ、弾ける初々しい笑顔を見せた。
「そのことでしたら、ボクの話せる範囲で全て話していいとアリス様はおっしゃっていました。『少なくとも女王国は宰相殿とコトを構える気はない』とのことです。ボクも今ここで宰相様には指一本触れないと誓います。……あと実はこれはアリス様からの密命なのですが『最悪の状況、たとえばもし宰相殿が襲われそうな現場に居合わせたとしたら、相手を殺しても構わないから守りなさい』と言われています」
それは今伝えなくてもいいことだろうが、根が素直な娘なのだろう。それだけに好感が持てた。
更に言うならば、今、彼女はさりげなく『女王国としては今私に死なれるのは困る』という情報を寄越してくれた。
私を殺そうとする人間は陣営問わず敵だとも。
――会談を行うこと。
そしてその内容にこそ価値があると考えているのだろうな。
私の話を聞くことか、その場で何かを
どちらにしろ女王国は会談を行う為に全力を傾けている。
ヴァルグランの件を穏便に片付けたのもそれが理由だろう。
そこを見極めたい。
女王は何を話したがっているのか。
何が目的なのか。
女王国の着地点はどこなのか。
「アリシア女王というのはどんな御方だ? 別に弱みを握るとかではない。ただ書類による報告でしか知らないものでね。それも随分と悪い方に
私の言葉にパールは我が意を得たりと大きく頷いた。
「はい! アリス様はですね! ……えへへ、凄くかっこいい人なんですよ! ホント憧れちゃいます! それでですね――」
そこから称賛の言葉が続くが、正直よくわからない。
ただひたすら崇拝しているという感じだ。
きっとこの娘にとって女王は神なのだ。
神聖にて不可侵な存在。
もし手にかけようとすれば、少女は容赦なくその相手を喰らい尽くすだろう。
これでは全く参考にならない。
知っている人間で聞かないと――。
「では、メル――クロエはどうだ?」
「クロエさんはですね。……えへへ、大好きです! 優しくて、だけど厳しいところもあって。色々作法とかも教えてくれるんですよ! この前もですね――」
………………。
ああ、ダメだな。これは。
あの妹でさえこの娘にかかればどこの聖女かという話になる。
特に何かを隠している訳でもなさそうだ。
そもそもが、『こういう娘』なのだ。
この純粋過ぎる少女は『夢』の中にいる。
おそらくこの娘だけではないはず。
純粋な臣下に純粋な国民。
女王は彼らに『夢』を見せる。
そうやってセカイを手玉にとる。それに妹も力を貸す。
ようやくその構図が見えた。
きっと妹は嬉々として少女たちの前で優しい淑女の仮面を被っているのだろう。来るべき時に向けて。
その女王と妹が話し合いを求めている以上、戦争は回避したがっているのは間違いない。今はそこに懸けるしかなかった。
私は娘が帰ってようやく一息ついた。
彼女は目一杯大好きな人の話をすることが出来て良かったと喜んでいた。
また一緒にお話して下さいねと、手を振って帰る後ろ姿の無邪気さに笑いしか出てこなかった。
「……まずはこの件を陛下に報告しておかなくては」
会談の為にあらゆる陣営の者が城にやってくるらしい。
それら全員を迎え入れるとなると――。
少々頭が痛いが、話し合いで解決できるならばそれに越したことは無い。
もちろんあちらは何かしら仕掛けてくるだろうが。
セカイの秘密をどこまで知っているのか、というのもある。
あのことも陛下にも伝えるべきか?
私自身も半信半疑なあの言い伝えを。
一族の主義には反するだろうが、その話題が出て先手を取られるよりはマシか。
別に全てを伝える必要はない。
その辺りのことを一人考えていた。
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