第16話 ディアナ、いきなり現れた女性を警戒する(二)
「――その意気は買いましょうディアナ=マストヴァル。領主夫人の気高さ確かに受け取りました」
虚勢を張る私に応えたのは部屋の外からの鋭い声色の賛辞。
声のした大扉を睨むと、私と同年代の女性とその付き添いらしい少女が立っている。二人とも派手ではないが、良い素材のドレスを着ていた。
二人は並んだままカツカツと靴音を立てて近付いてくる。
「ですが、下がりなさい。気合いや覚悟だけでどうこうできるモノでもないでしょう? ……皆も剣を下ろしなさい。もう十分力は見せました。これ以上は無用です。ヴァルグラン兵も同様です。剣を下ろしなさい」
少女が場を制圧するかの如く、
どうやら先程の言葉を発したのもこの少女だったらしい。遅れて少女の後方から護衛兵らしき人物も姿を見せた。
彼女の言葉を受けて、今まで鬼神のごときの戦闘力を見せつけていた乱入者らが一歩下がって構えを解く。そして思い思いに剣や武器を納めた。一触即発の雰囲気こそなくなったが、別の緊張感がこの場を支配する。
したたかに打たれ、膝を付いていた夫が何事かと顔を跳ね上げ―――。
「まさか! ……キミは……メルティーナ……なのか?」
彼は驚きのあまり持っていた剣を取り落し、慌てて拾い上げようとするが、動揺しているのか手に付かず何度も掴み損ね、そのたびにカランと乾いた音を広間に響かせる。長年連れ添ってきて、夫のこんな
「えぇ、そうですわ。…………少し落ち着きになって?」
返事をしたのは少女ではなく付き添いの女性の方。
彼女は笑いを
何とも言えない妖艶さに鳥肌がたった。
――アラン様、この女と知り合いなの?
私は夫を見つめるが、彼は女に視線を合わせたままこちらに見向きもしない。
「……本当にメルティーナ? ……生きていたのか?」
女は口元に手を当て、本格的に声を上げて笑い出した。
「えぇ、ロレントが生き返った訳ですもの。この際ですから私も生き返ることにしました」
『生き返る』とか意味が分からなかった。
だがその言葉の何が面白かったのか分からないが、夫も同じように笑い出すのだ。
本当に楽しそうに。
まるで少年のように表情を輝かせて。
私たち家族と護衛兵たちからの疑いの視線を感じたのか、夫は周りを見渡し気まずそうに咳払いをする。
「……まぁ、キミだったら自由に死んだり生き返ったりすることも……出来るだろうね。キミは昔からそうだった」
領主アランでも夫アランでも父アランでもない、気安い言葉遣いで夫は何度も頷いた。それに対して今度は女が大袈裟に表情を歪め両手を広げる。
「失礼な。帝国淑女を捕まえてバケモノか何かのような扱いをするなんて。……でも貴方も昔からそんな感じでしたわね?」
そしてちょっとスネたように頬を膨らませる。
その妙な色気が私をこの上なく苛立たせた。
「……淑女……ねぇ?」
そんな私の心情を知ってか知らずか、夫はイタズラっぽく微笑んだ。
今この瞬間、この女は私の敵と認定された。
夫と楽しそうな表情。気安げなやり取り。
絶対、二人は過去に何かあった。
「……ねぇ、早速ですけれどこちらの話を聞いて貰えるかしら?」
女の言葉に夫は微笑む。
「キミは相変わらず突然だなぁ。……前置きぐらいはしようよ」
結婚してから夫に近付ける女などいなかった。
ましてやこんな感じで親し気に話しかけてくる人間などもってのほか。
彼に色目を使い、あわよくば次期領主候補を産んでやろうという女性は、私が妻の責任でもって徹底的に排除したからだ。
それが領主夫人の務め。
何より愛する夫を他の女に寝取られるなど。
これだけ頑張ってきてもまだ警戒すべき女は数人存在する。
それらの居場所は何年にも渡って、毎日報告を受けている。
「――――」
「――――――――」
この洗練された佇まい振る舞いを見る限り、この女は帝都の大貴族の関係者と考えて間違いない。
おそらく夫が帝都にいた、学生の頃の知り合いなのだ。
「――――――」
だけどメルティーナという名前の女なんて知らない。
彼の口からも聞いたことがない。
この内戦のドサクサに紛れて夫の前に現れるなど、ましてや私のいる前でちょっかいを出そうなど良い度胸をしている。
「――――?」
「……――、――――」
そもそも先程死んだとか生きていたのかという話があったっけ。
ということは彼女はずっと世間的に死んだと思われていた、帝都の情報に明るい夫でさえそう思い込んでいたということ。
「―――――!」
「……――――――。――――――」
それが何を意味するのか?
……もしこの女が生きていると知っていたとして、それでもなお夫はちゃんと私のことを選んでくれたのだろうか?
私の胸のざわめきは収まる気配を見せなかった。
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