第15話 ディアナ、いきなり現れた女性を警戒する(一)
レジスタンスの軍勢は領境に陣取ったまま、いまだ動く気配はない。
あちらの挑発的な越境行為に対する迎撃戦など、散発的な衝突はあるらしいが、お互いに戦死者を出したりすることはなく、民衆や建築物にも大した被害もない状況。
レジスタンスからの投降を促す書簡に対して、夫であるヴァルグラン領主アランはすでに『断固拒否』との
それに伴い宣戦布告があったのだが、現状レジスタンスは動かない。
夫は最悪の事態を想定して帝都の宰相様へ援軍を要請しており、そちらからも色よい返事が来ている。
今後戦争が激しくなってきたとき、子供たちをどうするのかも相談済。
基本的に城に篭るのが一番だが、それも危なくなれば帝都へ逃がすことで一致している。
時間はこちらに味方している。
相手はそれを分かっているにも関わらず動かない。
領内には穏やかな空気と底知れぬ不安感が渦巻いていた。
そんな中、急に城内が慌ただしくなってきた。
何事かと執務中の夫が書類から目を離して腰を浮かせると同時に、激しいノックが飛び込む。
許可をすると衛兵が息を切らせて入ってきた。
夫も私もよく知る兵士。もしものことがあれば子供たちと一緒に逃げて貰う役目を背負ったヴァルグラン軍きっての忠義兵。
その表情から窺えるのは今までない焦りだった。
ついに侵攻開始か?
「――奇襲です! 城内に侵入を許しました! 迎撃していますが相当な手練れの様子です!」
その思いがけない言葉に夫婦で息を詰まらせる。
だが、当然このようなことも想定済。
奇襲部隊による潜入戦はありえると。
領境で動かない大軍はむしろ外に目を向けさせる目くらませだと。
それに対してどう動くのかもすでに徹底されている。
夫と顔を見合わせ頷いた。
一旦子供たちだけでも外に――。
私は子供たちとの合流を試みるべく席を立つ。
「では――」
夫がこの部屋で待機していた近衛に指示を出そうとしたが、まだ息の整わない兵が遮った。
「――敵の侵入経路は厨房横の倉庫……『例の教会』からの襲撃です!」
それを聞いて私たちは愕然とした。
王族とこの場にいる一部の側近しか知り得ない抜け道からやってきたというのだ。
――何故レジスタンスがそれを?
私は呟く。
「……まさか裏切り者が出たというのですか!?」
真っ先にそれを思い浮かべた。
しかし本能がそれを否定したがる。
屈強、忠実な精兵で知られるヴァルグラン軍からそのような者が出るなど考えたくない。
「ディアナ、今は犯人捜しをしている場合ではない。……
ならば下手に抜け出すよりも奥の部屋で匿う方が?
いや、いっそのこと――。
「よし、広間に集めよう!」
夫も私と同じ結論に至ったのだろう、迎え撃つ方を選んだ。
あちらが少数での潜入ならば、むしろそちらの方が勝算が高い。
兵士たちも頷く。
「下手に入り組んだ場所に逃げれば物陰から襲われる。それならば見渡せて出入口が一つしかない謁見広間に兵を集めよう」
「了解です!」
衛兵は胸に手を当て、部屋を飛び出して行った。
皆で広間に移動し身構える。
やがて扉が派手に開かれた。
その瞬間、結集した兵士たちが奇襲気味に一斉に飛び掛かる。
夫も一緒に。
その勇ましい後ろ姿に惚れ直した。
しかしレジスタンス兵は一切動じることなく迎え撃つ。
息子は剣を持って私たちを背に、微動だにせず戦況を見守っていた。
その大きくなった背中に少し瞳が潤むのを感じる。
襲撃者らは話通り相当な手練れらしく、数的有利だったこちらが徐々に劣勢になっていく。
ただ予想外なことに彼らは我々を殺すつもりはないらしい。
拳で剣の柄で、気絶を誘発する衝撃魔法で一人一人確実に沈めていく。
結果的に否応なく突き付けられる力量差。
やがて夫と含めた全員が床に沈み、子供二人と私だけが残された。
私は覚悟を決めると、息子を後ろに引いて一歩踏み出す。
皆の視線が私に刺さる。
「我が名はディアナ=マストヴァル! 何をされようと我らヴァルグランの民はそなたらには屈しません! いますぐ剣を下ろして去りなさい!」
虚勢だと知られても構わない。
声が震えない様、肚に力を込めて響かせる。
私には守らなければならないものがある。
両手を拡げ子供たちを背に私は胸を張った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます