ブラウン、故郷に錦を飾る(上)

 女王国は無事帝国を飲み込んだ。

 いきなり訳の分からん展開になって、なんやかんやで姐さんがこのセカイの頂点に立った。

『イヤイヤ、なんやかんやって何だよ?』って言いたい気持ちはよくわかる。だけど俺としても正直なところ、としか表現できないのも事実だ。

 主要人物が集まった席で姐さんが意味不明なことを言い出したかと思えば、今度は神の声なんてモノが聞こえてきた。……で、ドサクサに紛れて姐さんが美味しいところを持っていく、と。

 まぁ、ある意味女王国の得意技でもある。

 そんな感じで女王国はこの大陸で唯一の国家になっちまった。そして俺は功労者としてようやく、本当にようやく、念願の長期休暇を勝ち取ったという話だ。


 

 最初の頃は喜んでいたさ。

 ぶっちゃけ給金もたんまり貰っていたから、何を買ってやろうかとワクワクもした。買おうと思えば帝都にそれなりの家でいいなら即金で買えるだろう。

 それぐらい貯め込んでいたが、腰を落ち着けるような性分でもなく。

 休みになったらアレコレしてやるんだという願望だけはあったクセに、いざそうなると宿舎でゴロゴロするしかないという情けない体たらく。

 実はそんなは俺に限った話ではなく――。


「――休みを貰えたら一日中酒を飲めるって思ってたんだけどなぁ」


 同時期に休暇をもらったマイカも途方に暮れていた。




「ホント、することが無くってさ。……なぁ、どうしたらいいと思う? いっそのこと、休みを返上して任務に戻った方がいい?」


 平日昼間のガラガラの酒場。

 その奥の席でマイカが半泣きで項垂うなだれていた。

 おう。……わかる。

 メチャクチャわかる。

 あの忙しい日々こそ生きている実感があった。

 寝る時間もない地獄の日々が恋しい。

 完全に末期的症状だ。


「……仕方ねぇから里帰りでもすっかなぁ」


 俺の何気ない呟きにマイカの顔が明るくなった。


「ワタシもそれに乗っかる! ……そうだ! だったらその前にお土産いっぱい買わなきゃ!」

 

 動き出したら早いのが女王国流。

 その精神は当然俺たち側近にも受け継がれている。

 俺とマイカは頷き合い、ジョッキをテーブルに叩きつけると、「釣りはいらないから」と代金を店員に押し付けて酒場を飛び出した。


 

 姐さんに里帰りするのでしばらく帝都を空けますと報告すると、翌日には馬車の手配やら船の手配それに道中の宿の手配など全てが完了していた。

 前日のうちに『日程ぐらい自分で決めて動きますから、忙しい手を煩わせる訳にもいきませんし』という感じでマイカと二人してやんわりと断っていたのだが、そんなこと聞いてくれる姐さんでなし。

 おまけにクロエさんまで協力してくれたらしく、もう俺たちにどうこう言える状況ではなくなっていた。

 いざ出発するのだが、何故かその土地土地の名所を散策する時間まで用意されている超ゆとり日程。宿も食事も豪華。『貴族の旅行かよ!』って二人して何度もツッコんだ。

 ……まぁ、思いっきり満喫したけれど。

 しかも代金は全て女王国持ち。

 何故だか準備されていた各地領主との面談もこなしつつ、予定の何倍もの時間をかけてやっとこさポルトグランデに到着。

 当然のように貴族御用達の客船が用意されており、その頃にはもう俺たちに反応する気力は残っていなかった。



 手を振る船員たちに見送られ旧公国領の港町に降り立ち、絶句した。

 綺麗に整った街並み。活気ある市場。

 威勢のいい声が飛び交っていた。

 よくよく考えれば二人ともフォート公から国を奪って以来、ずっとこちらには戻ってきていない。


「……だけどあれからまだ、たったの三年だぞ?」


 まさかここまでとは。


「シルバーって、実はすげぇヤツだったんだな」


「……うん。ちょっとビックリした」


 隣のマイカも呆れたような口調で呟いた。


 

 ここからは別の馬車が用意されていたので、一旦マイカと別れて俺一人ゴトゴト揺られながら山道を行く。生まれ育った村に凱旋がいせんとなった訳だが、その村への道中でも豊かさは実感できた。

 全体的に朽ちた木の色をした国だったのに、緑が豊かになってさらに色とりどりの作物が負けじと映える。

 馬車の窓からめっきり美しくなった故郷の景色を楽しんでいたら、いつの間にか村近くまできていたらしい。緊張しきりの御者が恭しく扉を開けるのを他人事のように眺めていたら、目の前にヌッと壁が現れた。


「ホラ、次はコレに乗れ! そして笑顔で手を振れ!」


 久し振りのダンさんだった。

 挨拶もなければ、ニコリともしない。相変わらずドスの利いた声で命令してくる。

 ……やっぱ怖えぇ。

 逃げるように彼が指さす先に視線を移したら白馬で四頭立ての馬車があった。


「……うわ~、マジか」


 今度こそ逃げたくなったが、それを察知したのかダンさんが無言で俺の肩をがっしり掴む。そしてゆっくりと二人して乗り込んだ。

 気分は輸送される囚人そのもの。

 憂鬱な俺を乗せた馬車がゆっくりと村に入っていく。

 穴ぼこだらけの土道だった目抜き通りは石畳できれいに整備されており、その両脇には人、人、人。

 近隣の村からもやってきたのだろう、知らない顔も多くあった。

 俺は覚悟を決めて笑顔を作ると、狂ったようにひたすら手を振りまくる。

 

 ――あぁ、姐さんってずっとこんな気分だったんだなぁ。


 やっとその気持ちが分かった。

 散々陰で笑ってきたけれど、ちょっと申し訳ないことをしてきたかも知れん。

 集まった連中に視線を合わせて手を振ると、老若男女問わず全力で手を振り返してくる。


 ――なんだ、この恥ずかしさは?


 俺の精神力をガリガリと削りながら、馬車は悠々と広場を一周する。昨日今日作ったものじゃない、手のかかった立派な演説壇が見えたような気がした。

 まさか……。

 引き攣った笑みのまま隣のダンさんを窺うと、彼は無言のままニヤリ。

 あぁ、この人って笑う方が怖いんだった。

 今思い出した。

 これも調子に乗ってことあるごとに姐さんに演説を無茶ぶりしてきた報いってやつだろうな。

 仕方なく俺は壇上に上がり、皆の視線のなかで当たり障りのない凱旋挨拶をするのだった。



 その後当然のように酒宴になだれ込んだ。

 例によって兄は酒に弱いって分かっているのに強かに飲んで酔っ払う。宴がお開きになり、俺は鼻歌交じりの陽気な兄に肩を貸しながら実家に戻った。

 夜も完全に更けていたが、兄嫁はまだ起きて二人を待ってくれていた。

 ゴキゲンな兄が「今からで飲み直すぞ」と言えば、兄嫁が「はい、準備はできています」と返す。

 俺はそんな二人からそっと離れて寝台で眠る甥っ子に近づいた。何か難しい夢でも見ているのか、眉間に皴を寄せている。

 起こしてしまわないように恐る恐る撫でてみた。

 

 ――温かいなぁ。

 それに柔らかい。

 

 言葉に出来ない感動があった。それと同時に何があってもこの平和を守らないと、っていう悲壮な使命感で胸がきゅんって痛む。


「しばらく見ない内にガキってのは大きくなるモンだなぁ。……おまけに二人目がお腹にいるんだろ?」


 気分を浮き上がらせる為に軽口を叩くと、例によって兄嫁は俺を殺しそうな目で睨みつけてくる。兄はそんな相変わらずな俺たちを穏やかな目で見守っていた。



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