山猫カリン、両親の馴れ初めを無理やり聞かされる。
「――へぇ、あの二人の馴れ初めを聞きたいんだ~?」
ほんのつい先ほどまで穏やかだった空気が一変し、そのただならぬ雰囲気にあっしの身体が震え始めた。危機を察しているにも関わらず、その場に縫い付けられたように立ち竦むことしかできない。
その原因は、目の前で獰猛な獣のような気配を纏い、普段誰にも見せない凄絶な笑みを浮かべたアリシア女王陛下。
――こんなの絶対に平和な時代にする顔じゃない!
気を抜いたら一瞬で殺されてしまいかねない、そんな恐ろしい雰囲気。
「――あらあら、両親が一生の思い出として大事にしている秘密を聞きたがるなんて、イケナイ娘ですねぇ?」
そんな陛下の向かいに座って、剣呑な雰囲気などどこ吹く風で悠々と紅茶を飲んでいるのは、かつて影の宰相とも呼ばれていたクロエ=ターナー様。
流石に年齢もあって既に一線から離れているけれど、いまだ陛下の相談役としては健在で、今日のように登城しては女王国の重要な決定事項を、議会や執政官のメンツを潰さないよう細心の注意を払いながら微調整していく。
「でも、このカリンがどうしても聞きたいって言ってるんだし。……そこは、ねぇ? やっぱり私たちとしても出来るならば叶えてあげたいと思うじゃない?」
「……そうですねぇ。こんなにもお願いされるのですもの。無下に断ってしまうのは……流石の私でも少々心が痛みます。あの二人に悪い気がしますが、こればかりは仕方ないですよね?」
クロエ様は悲しそうな溜め息をつくと、一転して鋭い眼光であっしを射すくめる。
こちらも違う意味で恐ろしい。
何というか、敵に回すと死ぬより恐ろしい目に遭わされるという感じ。
先に断っておく。
あっしはそんな話を振った覚えなんてないし、そもそもこの部屋の警護を始めてからまだ一言も発していない。
――しかも完璧に姿を隠していたハズ!
それなのに今日、この部屋の担当があっしだと気付いた二人が勝手にそんなコトを言い出したのだ。
女王陛下の偉業を陰から支え続けていた栄えある山猫部隊が、花嫁修業・行儀見習いのような感じになってから結構な時間が経った。
母さんや『最高の山猫』と誰もが認めたパール=ハルバート様が現役の頃は、常に死と隣り合わせだったこの役目も、女王国による平定があってからはアリシア女王陛下付きとしての任務が増えた。
陛下と一緒に視察に出かけるにしても、それなりの身なりや作法が求められるようになる。山猫の所作に不備があるとそれが陛下のキズとなった。
だから山猫に入隊するとそれらをクロエ様をはじめとした貴族女性より徹底的に教育を受ける。
それを会得した田舎臭い山猫が、年頃になると女王の覚えめでたい『優良物件』に早変わり。退役後それが飛ぶように売れる、と。
今や山猫はそちらの方で有名になってしまった。
……そうなってしまった。
時代の流れだから仕方ないと思う。
だけど、あっしだけは、女王陛下の身辺警護というこの国における最重要職に誇りを持ち続けたいと心に刻んでいる。
そんなアリシア陛下の側近中の側近と呼ばれていた両親の娘として相応しい忠誠を胸に、今日もこうやって職務に励んでいた訳で――。
「イヤイヤ、そんなの別にいいっすよ? お二人のお手を煩わせるなんて、そのようなコト滅相もございません。……あっしは仕事に戻りますので、どうぞお二人はこのままお寛ぎくだ――」
慌ててそれだけ言ってから再び姿を隠そうとした瞬間、いきなり腕を掴まれた。
驚いて顔を上げるといつの間にか音もなく近付いていたアリシア陛下が、もう何と言っていいやら表現するにもおぞましい笑顔であっしの顔を覗き込んでいた。
その目に魅入られそうになって慌てて顔を伏せる。
これでも一応あっしは山猫の史上最年少リーダーとして一目置かれていた。
母さん譲りの身体能力と父さん譲りの洞察力は、当時十歳そこそこのあっしを実力至上主義で知られる山猫部隊の頂点に押し上げた。
その気になればあっしはこの女王国の誰よりも上手に姿を隠すことが出来る――はずなのに。
それなのに、簡単に捕まえられてしまった。
生命の危機を直感したあっしは反射的に掴まれた腕を引き抜き、身を翻して距離を置こうするが、同時に陛下の身体も少しだけ揺れる。
そして気が付けば関節を固められていた。
――えッ、ナニ、今の!?
あまりの実力差に愕然としてしまう。
失礼なのは承知だけれど、もう陛下はあっしたちのような現役世代ではない。
「そんな顔しないで? 私寂しいわ。……ホラホラ、こちらに座って」
「――はい、あったかい紅茶ですよ。まずはこれを飲んで一息つきなさいな?」
拘束されながら無理矢理イスに座らされ、動けないように肩を抱きしめられる。待っていたかのように紅茶がスッと差し出された。
もう、なんなのさ、この連携プレー。
山猫入隊テストに合格したとき、父さんからは祝いと同時に「いいか、絶対に姐さんを怒らせるんじゃねぇぞ」との言葉をもらった。
母さんからは「クロエのねぇさんの命令はどんな命令であっても従え。それがあの人から身を守る唯一の方法だかんな」と。
どんなことがあってもヘラヘラしている二人が、あんな真剣な顔も出来るのだと子供ながらに感心したものだった。
だけど名前の出されたその二人がそこまで恐怖の存在だったなどと、当時のあっしに知る由もない。
今あっしが直面しているのはまさに両親がそれぞれ恐れていたことだった。
……よりによってそれが同時に。
あっしは野兎のように震えることしかできなかった。
「……いただきます」
あっしはあきらめの溜め息とともに紅茶を一口含み口を潤す。
緊張して口がカラカラに乾いていたと今更ながら気付いた。
――あ、美味しい。
ホント美味しい。
あっしが一口二口と飲んでいる間に、二人は今まで座っていたイスをこちらに移動させて座った。
丸いテーブルの一箇所に三人が固まる形になってちょっと狭い。
だけど二人はそんなこと気にならないのか、楽しそうにあっしの両脇から顔を近づけて少女のように笑いあうのだ。
あっしは文句を言うことも出来ず、ただじっと身を固めることしか出来なかった。
「そもそも、あの二人は旧公国出身でね。女王国成立直後からずっと一緒に仕事をしていたんだけど――」
陛下の話す女王国と言うのは旧水の公国を奪い取って出来た『水の女王国』のことだろう。
学校の歴史の授業で習ったから覚えている。
それに両親が関わっていたことも。
「――二人が仲良くなり始めたのは女王国公館を拠点にしていた頃ですね」
クロエ様が続ける。
女王国公館というのはかつてポルトグランデにあった帝国での出先機関だ。
そこで和平の枠組みをレジスタンス派と模索したという話。
これも学校で習った。
「あの頃から何となくお互い意識していたわね?」
「初々しかったですよね~」
二人はニヤニヤしながら頷き合った。
それを聞かされる娘のあっし。……どう反応したらいいのやら。
「そんな二人が結婚する為に一歩を踏み出すきっかけになったのはやっぱり、アレよね?」
「えぇ、間違いなくアレですね」
「……アレ、ですか?」
怯えながらも反応するあっし。
「「そう、アレ」」
二人の声が綺麗に揃った。表情もそっくり。
しばらく重苦しい沈黙が続いて、無言の圧力に観念したあっしは二人の待っている言葉を絞り出す。
「……アレって、何デスカ? 教エテ頂ケマセンカ?」
その言葉を引き出すことに成功した二人の満面の笑みときたら!
お互い顔を見合わせ初めて自分たちがどんな顔をしていたのか気付いたらしく、殊更真剣な顔を作ってみせる。
――今更取り繕ったって遅いっスよ!
ここまで露骨に仕向けておいて!
反撃代わりに二人を順に睨む。
もうやけくそだった。
そんなあっしの表情がツボだったのか同時に噴き出した。
そして二人して楽しそうにあっしの頭をもみくちゃに撫でまわすのだった。
「さて、……コトの始まりは女王国が今の形になって、忙しいのがほんの少しだけマシになった頃――」
「――私たちは功労者に対して、順番にお休みを与えることにしました」
両脇の二人があっしの顔を覗き込みながら、代わる代わる話し始めた。
――父さんと母さんの昔の話。
あっしが生まれる前の、あっしが生まれるきっかけの話を――。
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