第6話 クロード、再びゴロツキ扱いされる。

 ようやく山岳国からの依頼も達成できた。

 まさかオーガの身体があんなにも硬いとは思っていなかった。

 知っているのと実際戦ってみるのとでは大きな違いがあるのだと改めて思い知らされる。

 やはり僕たちにはまだまだ知らないことがたくさんあるということだ。

 尊敬する聖騎士ゴードン様の剣でさえ、刃こぼれする程だった。


 ――もう、この剣も限界かもしれないな。


 ここは武の国だけあって、武器もいい物が揃っている。

 もし褒美ほうびが出るならば、新しい一本が欲しいところだ。



 でも正直なところ、僕たちのパーティ資金は潤沢じゅんたくとはいえない。

 本来ならば、この山岳国への行程でいろいろな街に滞在しつつギルドで任務をこなすという計画を立てていた。

 あくまで僕が勝手に予定していた段階ではあったけれど。

 これで資金不足、実力不足を一度に解決することが出来るはずだった。

 だけどルビーが勝手に馬車を用意したことで、その計画が一気に狂ってしまったのだ。

 もちろん、馬車での移動はラクだ。

 予定していた日程よりもはるかに早く首都に到着した。緊張した両国の関係を考えればこちらの方が正しかったのかもしれない。

 だがその結果、パーティの問題解決が先送りになってしまったことも事実だ。

 僕はリーダーとして、それが納得できなかった。

 そもそも、馬車を用意するならば僕に一言あっても良かったのに。


 

 それともう一つ、最近気になってきたことがある。

 何となくルビーとトパーズが仲良くなってきたように感じるのだ。

 二人きりでこそこそ話しているのを見かけるのことも増えた。

 戦闘中も妙に連携が上手くいっている気がする。

 彼女は相変わらず僕にはそっけない態度を取り続けているのに……。

 それがどうにも納得いかない。



 ルビーは学校にいる頃、ずっと僕の周りを取り巻いていた女子生徒の一人だった――ような気がする。

 ギルドで再会し、僕がパーティメンバーを探しているのだと知ると、彼女も一緒に冒険したいと言って聞かなかった。

 正直なところ、彼女の好意が少し面倒だと思うこともあった。

 だけど今までそれを我慢して邪険じゃけんにせず相手をしてきたのに、今回ちょっと賄賂ワイロのことを指摘しただけで、途端に機嫌を悪くしたのだ。

 

 ――僕が何か悪いことをしたのか!?


 そもそも不正に手を染めるなんて、してはいけないことをしたのは彼女だ。

 パーティのお金じゃないからいいとか、そういう話じゃない。

 それなのに勝手にスネて、パーティの空気まで悪くして――。



 おまけに、何故かトパーズまでもルビーの肩を持って僕を責めた。

 普段から武人としての高みを目指している、なんて格好いいことを言っておきながら情けない。

 どうやら本当はなんかより女の子の機嫌を取る方が好きなのだろう。

 今まで女性と関わりがない寂しい人生を送ってきたから、ルビーやサファイアと話せるというだけで、舞い上がっているに違いない。

 ……正直がっかりした。

 こんなことなら、トパーズの代わりにもう一人も女の人を入れておけばよかった。

 それこそ、あのマインズの武器屋にいた看板娘みたいな可愛い子を――。


 

 城門の近くまで帰ってきたときに、「今回も賄賂を渡すのか?」と聞いたら、ルビーが物凄い目で睨んできた。

 冗談に決まっているだろう?

 本気にしないで欲しい。

 これから山岳王との謁見だから、みんなの緊張をほぐしてやろうという、僕なりの気遣いなんだから。

 ……何か、本当にイライラする。

 いつも変わらず僕に接してくれるのはサファイアだけだった。

 


 門番は僕たちのことを覚えていたのか、今回は丁寧に受け答えをして役人を呼びに行った。

 そりゃ、お金を受け取るようなクズだから、当然には尻尾を振るに決まっている。僕たちは何の問題もなく、前回同様無言の役人の後をついて行き、謁見の間に通された。

 例によって所定の位置で膝を付くと、目の前には床に放置されたままの親書が残されているのに気付く。

 結局そのまま捨て置かれていたらしい。

 うっすらと積もったほこりが、ここを離れていた期間を感じさせた。

 今回の謁見には他にも役人が参加するらしく、次々と小綺麗こぎれいな身なりの貴族らしき人たちが広間に現れた。

 彼らは頭を下げた僕たちの横を通り、これ見よがしに目の前に捨て置かれた親書をまたいでいく。

 僕たちはそれを黙って見ていることしか出来なかった。


 ――本当に最低なヤツらだ。


 銅鑼ドラが鳴り響き、しばらく間をおいてようやく山岳王ユーノスが広間に入ってきた。

 役人たちが頭を下げる気配を感じ、僕たちも更に深く頭を下げる。

 王は僕たち横を通る際に鼻で笑い、親書踏みつけてそのまま玉座に座った。


おもてをあげよ」


 王の声は愉快そうにうわずっていた。

 僕たちが顔をあげると、王が役人の一人に目で合図する。

 その役人が汚いものに触れるかのような手つきで親書を拾い上げると、乱暴に封を開けた。

 そして、その場で読み上げた。

 まどろっこしい書き方だが、だいたい親書の内容はこんな感じだった。



 お互い不幸なことがあった。

 これはどちらが悪いというものでもない。

 ただ、両国の友好を考えれば、成熟した国家である我々が大人になろう。

 こちらとしては誠意をみせる準備がある。

 だからその時はそちらも誠意をもって対応してほしい。

 取り敢えず、我が国の冒険者を寄越すから、もしその手が要り用ならば是非雑務でも何でも使ってやって欲しい。少しは役に立つはずだ。

 貴国の繁栄を祈る。




 ――もう既に扱き使われていますよ。……親書を読むまでもなく、ね。


 やはり僕たちはここでも便利屋扱いなのか?

 少しは役に立つ?

 聖王様の、そのあまりの言いように思わず溜め息が漏れた。


「……不幸なこと、だと?」


 山岳王も親書の内容が気に食わなかったのか、小さく呟いた。

 その声に反応した僕は、不敬は承知で彼の表情を窺う。

 そこには今までにない怒りと悲しみがぜになった表情で歯を食いしばっている王がいた。


 ――もしかして僕と同い年ぐらい?


 感情を表に出した王を見て、思っていたよりも若い王なのだと気付く。

 彼は隣に控えていた臣下のさりげない耳打ちに小さく頷き、咳払いした。

 

「――確かに受け取った。返書の準備を」


 王の言葉を受け、政務官が代筆する為に紙を広げた。

 準備が終わると、王は立ち上がり広間に響くような声で朗々と語りだした。


 

 ――この一件、未だに両者ともにしこりが残っているが、今回は水に流そう。

 聞いた話によるとそちらは現在、我らに対して事を構えるとのこと。 

 我ら山岳国に住まう者たちは道理の分かった誇り高き民である。

 弱者をしいたげるのは人として恥ずべきことだと知っている。

 弱った貴国に刃を向けるような恥ずかしいマネはしない。 

 だから貴国は安心して、飼い犬に噛まれた手を治すことに全力を尽くせばよい。

 老婆心ろうばしんながら一つだけ物申しておく。

 親書を持ち込むときは、ちゃんとした政務官を寄越せ。

 モンスターを倒すしか能のないゴロツキなど二度と寄越してくれるな。

 次こそは話のできる政務官を用意してくれ。

 その時はうたげを開いて歓待かんたいしよう。

 貴国の安寧あんねいを祈る。

 

 

「――書が乾くまで、しばし待て」


 そういって、ユーノス王は玉座に深く腰を掛けた。


「……ゴロツキ扱いは、あまりにも酷くありませんか?」


 僕は声を上げた。

 これは全ての冒険者の名誉に関わる問題だ。

 パーティのリーダーとしても、みんなの名誉を守らなければならない。

 抗議の意味を込めて王を睨みつける。

 そんな僕に対して、王は心から楽しそうに笑った。


「そこの女魔法使い以外は礼儀作法も知らない無法者だろう? 間違ってはおるまい。……なんなら親書に追加しようか? 我に対して口答えをした礼儀知らずのゴロツキを責任もって処罰せよ、と」


 声をあげて大笑いする王と、それに追従して笑う役人たち。

 またしてもゴロツキ呼ばわりだ。

 何故僕がこんな思いをしなければならない。

 仲間を横目で見ると、サファイアは俯いてじっとこらえていた。

 気の弱い彼女からすれば、仕方ないことだろう。

 一縷いちるの望みを込めてルビーとトパーズの方を見ると、彼らは無表情で膝を付いているだけだった。


 ――君たちはあんなことを言われて、何も思わないのか?

 悔しくないのか!?

 トパーズ、君はこの国の人間なのだろう?

 こんな暴言を吐く自国の王に対して、何か諌めるような言葉はないのか!?

 何故黙っている!?

 これでは言い返した僕が馬鹿みたいじゃないか!


 だけど僕の願いもむなしく、ルビーとトパーズは最後まで何かを言い返すことはなかった。

 結局僕たちは封をされた親書を受け取り、そのまま追い出された。

 報酬も無かった。タダ働きだった。



 はっきり言ってこの山岳国での日々は僕に苦痛しか与えなかった。

 王に罵声ばせいを浴びせられた。

 信じていたルビーは理由があったとはいえ、不正に手を染めてしまった。

 トパーズはそんな彼らに何も言わず、むしろ僕が悪いかのように振舞った。

 

 ――早く聖王国に戻って、認定書を受け取ろう。

 そしてさっさとこの東方3国から脱出するのだ。

 新しい土地へ。

 早く新しい土地へ。

 僕の心は既に帝国へと向かっていた。


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