第8話 ゴールド、一筋の光明を見つける(四)

 

 ――そうか!


 私は深呼吸しつつ、椅子の背もたれに身体を預ける。

 ついに両手で顔を覆って肩を震わせ始めたケイトをじっくりと見つめながら思考をまとめることにした。

 彼女が懸想けそうしている相手。

 ロレント=バーゼル。

 思えば彼も私やクロード君同様、何度も女王と対立してきた。

 この戦争に勝ったとしても、女王の不興を買っている彼は日の当たる場所に立てない可能性がある。……今までレジスタンスのリーダーとして組織を引っ張ってきた人間なのにも関わらず、だ。

 負けてしまえば、最悪。

 責任者として斬首が待っている。

 

「――あの人が、ヴァイス将軍の二の舞になるのではないかと、それだけが心配で……」

 

 ケイトは手を小刻みに震わせながら、真っ赤な目で私に縋るような視線を寄こす。 

 これこそが彼女の一番恐れていたことだった。

 出来ることならば私から隠し通しておきたかった



 知られた以上仕方ないと腹を括ったのだろう、ケイトは真っ青になった唇を震わせながら、堰を切ったように話し出した。

 女王国、教会、宰相が組めばロレント一人を悪者にして穏便に『幕引き』を謀ることが出来るのだ、と。

 実際、ヴァイス将軍はそうなった、と。

 円滑に停戦手続きを行う為だけに彼の命が消費されたのだ、と。 

 この娘もあの瞬間を目の前で見ていた。

 そしてその姿をロレントと重ね合わせてしまった。


「負けて斬首だったら、まだ私だって納得できます! ですが戦争の勝ち負け関係なしに密室合意の結果、女王と宰相のきまぐれで……」


 ケイトは何とか言葉を絞り出すが、最後の方は音にすらなっていなかった。

 それでも十分伝わったが。

 これは決して彼女の杞憂きゆうなどではない。

 十分起こりうる未来だった。


「……確かにですな?」


 私の皮肉混じりの言葉にケイトの表情が更に強張った。 




「とにかく教会と女王を切り離さねば! ……どうか力をお貸しください!」


 焦りの中で、なりふり構わず叫ぶ彼女のその憐れな姿が私をより冷静にさせた。


 ――これがあのケイトなのか。


 そう思うとむしろ感慨深いモノがある。


「流石に今ここでそのような重要なことを決めることは出来ませんな。……もう少し考えさせていただけますかな?」 


「何を今更! そのように悠長に構えている時間などございません! この戦いが終わればもう女王を止めることは出来ないのです!」


 ケイトは目じりに涙を浮かべて訴えてくる。


「もちろん、承知しておりますよ。……オランドを殺すならばこの戦争の間に……ですな?」


 理解している。

 そう、理解しているのだ。


 ――これはロレントに当てはまる話ではないことを!

 私もなのだ。


 おそらく私は来るべき時が来た時に見せしめとして『消費』する為、ただそれだけの為に生かされている。

 それがあの女狐の女狐たる所以ゆえんだろう。

 ケイトはロレントのことしか考えらていないのだろうが、形を変えた私に対する警告も同然だった。

 改めて自らの立場を思い知る良い切っ掛けになった。

 


 私がしばし考え込んでいると、彼女は音もなく立ち上がった。


「……送りの者をつけましょうか?」


「結構です。折角ここまで人目を避けてきたのですから」


 ケイトは煮え切らない私に絶望したのか、憮然とした表情で形だけの一礼をする。そしてこちらを振り返ることなく去って行った。


「……いやはや追い詰められた恋する乙女というのは、何を考えるのか分かったモノではありませんな。……全くもって恐ろしい」


 私は誰もいない部屋で一人呟いた。


「私に残されている時間は少ない。……だが、やりようは、幾らでもある!」


 ケイトを味方に付ければ、動きやすくもなるだろう。

 オランドを殺し、皇帝も殺してしまえば、一気にこちらに流れが戻って来る。 

 最悪オランド殺しの件で私が動いたことが発覚したとしても、首謀者は彼女だったと教会に突き出してしまえば、そこからを作り直すことだって可能だ。

 どちらに転んでも悪くならない展開が待っている。

 きっとケイトには才覚があるのだろう。

 先を見据えたいい計画を立てたと誉めてやるのもやぶさかではない。

 だが、オランドを殺したいのであれば自分一人で動くべきだったのだ。


「手を汚すのを嫌うあたり、所詮は小娘ということですな」


 交渉するにしても、彼女の父親は腹芸の苦手なテオドール。

 私のような格上の人間相手に取り引きなど五十年早い。

 少し焦らしてやればこの通り。

 一から十まで全て喋ってしまった。


「取りあえず使えるうちは、目いっぱい可愛がってさしあげますよ」


 やはり神は私を見捨ててはおられなかったようだ。

 上機嫌になった私はとっておきのボトルを取り出し、勢いよく栓を抜く。

 年代物の芳醇な香りが一気に部屋に広がった。

 空のグラスを用意し、私の分のグラスと順に注ぐ。


「……マール様。心よりの感謝を申し上げます」


 私は心の底から祈りを捧げ、マール様のグラスと合わせる。

 軽やかで上質の音が静かな部屋に響いた。

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