第9話 ネリー、始動する(一)
ポルトグランデの高級住宅地。
ここが現在の私の
身を守ってくれるのは、昔から付き従ってくれている信頼出来る者たち。
メイドから庭師、料理番に至るまで全員がそう。
山猫やハルバート家の間諜の方々にも丁寧にご辞退願った。
他人がウロウロしていてやすらげるはずがない。
真の意味でこの屋敷は私の為の場所だった。
さて今日は天気がいい。
せっかくなので昼食後、庭の
南国だが蒸し暑くないのは、海からの涼しい風が吹くから、ということらしい。
山でしか生活してこなかったこともあって、それが新鮮で楽しい。
残念なのは身体や髪に潮の匂いがつくことぐらいか。
……あと、屋敷が傷むのが早いと聞く。
ここも長らく空き家だったこともあって少々どころの傷み方ではなかったが、皆の頑張りもあって今では見違えた。
色とりどりの花が咲く庭はそれだけで私の心を潤わせてくれる。
私を覆う気配に手元の帝国書物から顔を上げれば、私付きのメイドが私の空になったカップに手際よく紅茶を注いでくれているところだった。
クロエお姉さまから頂いた茶葉は、普通の人生を送っていては手に入れることはおろか存在すら気付くことが出来ないという最高級品だけあって――。
「あぁ、本当にいい香り!」
「はい」
私の感嘆の声に妙齢のメイド――ナナは目を細めた。
彼女自身若い頃と比べて随分衰えたとはいえ、それでもその気になれば私の為に『何でも出来る』という知りうる限り最高級の人材。
ナナは今でも現役で、私の目であり耳であり鼻にして、盾であり矛だった。
――私が異国の地でも私のままでいられる為に必要不可欠な存在。
彼女の夫は庭師をしており、当然ポルトグランデにも連れて来たが、かつてはハルバート家の間諜をしていた。
ナナがそんな彼を文字通りこちらの陣営に抱きこんでくれたのだ。
そして向こうの情報を裏で流す便利屋として、ほんの一年前まで機能していた。
祖国がなくなった今、彼は退役した……ということになっている。
「――それにしてもケイトちゃんは思い切ったことをするものね? ……このこと、クロエお姉様は御存じかしら?」」
本読みで少し目が疲れてきたので、つい先ほどナナから受けた報告の内容を改めて尋ねてみる。
「おそらくまだ存じ上げないかと」
「あらららら。それはそれは……。ん~どうしようかしら?」
私が首を傾げるとナナが頬を染めた。
――もう、ナナったら相変わらず私のコト好き過ぎでしょ!
とはいえ、実は私も満更じゃない。
数少ない趣味の一つに、ナナの心の鼻血を噴き出させるというのがあるぐらいには、私もナナのことが大好きだ。
私たちは、それこそ年の離れた姉妹のように育ってきた。ナナは私の姉としてそして時に母として私を支えてくれた。
私がジニアスと結婚したときは『血の涙で枕を濡らした』なんて冗談も言っていた。……夫は本気でナナに恐怖を感じていた様子だったけれども。
「姫様、そんな悠長に構えられてよろしいのでしょうか?」
ナナは心の鼻血を
彼女にとって私は今でも姫様。
二人の息子たちの母となった身としては、それが心地良くもあり、少々気恥ずかしくもある。
おそらくナナは女王国における山岳国派閥の優位性を確立させるためにも、ここは積極的に動くべきだと考えているのだろう。
「よろしいのですわよ」
ナナの考えは正しいし、私もそう動くつもり。
ただ問題は動き方だ。
別にケイト嬢やクロエお姉様に遠慮している訳ではない。
だけど細心の注意を払う必要があった。
上手く周囲に恩を売りつつ、来たるべき時に向けて私たちの地位を押し上げる。
将来ウィルが天下を獲るのに必要な武器を少しずつ確実に揃えていく。
ここでクロエお姉様を蹴落としても意味がない。
そもそもケイト嬢はともかく、あの
下手な動き方をすれば返り討ちに遭うこと間違いなし。
これでも私は普通の人間なのだ。
一線を越えてしまった方々を相手にするのは厳しいモノがある。
――ここはむしろこの流れに乗るべき……よね?
私はナナに微笑みかけながら、紅茶を一口一口味わいつつ最善手を探していた。
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