第10話 ネリー、始動する(二)


「このまま姫様の仰るとおり放置するとして、ゴールド卿からオランド神官長にこの話が流れるといったことは?」


 ナナは納得出来ないのか、珍しく私に反論してきた。

 それだけ彼女もこの件に興味があるのだろう。


「それはありえないと思うけれど?」


 私の言葉にもナナは不満げな顔を崩さない。


「そうでしょうか? オランドにケイト嬢を売るのはそれほど悪い手ではないと思われますが。……むしろそれ以外の有効な手が追い詰められたゴールドに残っているとは思えません」


 やっと回ってきた絶好機、逃すには惜しいと思っているのだろう。

 この一年、そして女王国との戦争開始までさかのぼれば三年ほど。

 まともに動けなかった鬱憤うっぷんが溜まっているのかもしれない。

 夫とハルバート家の間諜を為、ナナたちに我慢を強いていたのは紛れもない事実だった。実際彼女の仕事はアリシア陛下の人となりを調べることのみに留めた。


『もし自分が動いていれば、女王の弱みの一つや二つ簡単に握ることが出来たのに。それを盾に強引に和平を持ち込めたなら、祖国が滅ぶという結末にはならなかったはず』


 彼女ならばそう考えていても何ら不思議はない。

 私の贔屓目を差し引いても、彼女の能力は山猫に劣っているとは思えない。


 ――ただ、それでも陛下を出し抜けるかどうか、よね?


 自重させて良かったかもしれない。

 結果的にウィルをセカイの頂点に押し上げる道筋が浮かび上がってきたのだから。




「――その後どうするの? ゴールド卿がオランド神官長に話したとして、未来はどう動く?」


 ナナにはもっと深い部分で判断して動いて貰わないといけない。

 

 ――まぁ、彼女は私の耳であり目だけれど頭ではないから仕方ないか。


 私は問いかけた。

 指示を完璧にこなしてくれるのは嬉しい。

 だけどでは、私が陛下とクロエお姉様相手に戦えない。

 

「どう、と言われましても。オランドとゴールドが手を組んでケイト嬢を皮切りにロレントとターナー夫妻を追い落としていけば……」


 ナナは眉間に皺を寄せて思案しながら言葉を紡ぐ。


「――女王国は?」


「え?」


 間髪入れずに差し込まれた私の言葉に、ナナは完全に固まってしまった。

 

「そうなった状況でアリシア陛下はどうなされるかしら? 陛下はクロエお姉様親娘おやこと教会貴族連合のどちらに重きを置くと思う?」


 考えるまでもない。

 ナナは小さく頷くに留めた。


「この際『真実』など全く意味はないということですよ。陛下とクロエお姉様が二人して、『これは追い詰められたゴールド卿の奸計かんけいだ』と主張してしまえば、その時点でそちらが『皆の納得する真実』になります。今の陛下とお姉様にはそれだけの力がある」


 おまけに、ナナに言わせればオランド神官長はそういった風向きを見極めるのに優れているらしい。だったら迅速にそろばんを弾いてくるだろう。

 女王国と対立するぐらいだったら、絶対にゴールド卿の方を切り捨てる。


「……なるほど。そもそも今のゴールドの主張に耳を傾けることが、身を亡ぼすことに繋がりかねない、ということですね」


 ようやくナナは合点がいったらしい。

 ゴールド卿が一番自分の立場を理解しているだろう。


「えぇ、それを見越した謀略ですね。密室で覚書も用意していないのでしょう? 以前念入りに書状を二通用意したケイト嬢が、今回は口約束で済ませた」


 余計な証拠は残さず、口先だけでゴールドが自発的に動くように誘導する。

 もちろん簡単に動くとは思えないから、軽くを握らせるという小細工まで。


 

 ナナは詳しい会話の内容全てを聞いてきた。

 陛下と教会を離間させる為という切り口だったらしいが、ケイト嬢が本気で女王国を敵に回す気があるのかは疑問。

 おそらくそれも含めてゴールド卿を動かす為の撒き餌だろう。


「単身で調略に向かうその胆力は、さすがクロエお姉様の娘といったところでしょうか。……圧倒的に未熟ですが」


 ナナが頷く。


「その通りでございます。一応山猫やハルバート家の間諜に対しては最大限の警戒はしていたようですし、実際彼らはこの動きを掴めておりません。……ですがケイト嬢はのことを完全に失念されておいでのようでした。彼らだけ警戒しておけばいいと思われるのは、少々不愉快でございます」


 矜持きょうじの高い彼女は少し皮肉気に口元を歪める。


「まぁまぁ、クロエお姉様ならともかく、私もまだケイト嬢とは親睦を深めておりませんから」


「なおのこと甘いのでは? ……少なくともこの屋敷は彼女の差配ですし。我々のように姫様を囲む人間がいることは承知していたはず。国が滅んだとはいえ、一国の姫君が手ぶらでポルトグランデへ来るとでも? 常識で考えればあり得ないでしょう」


 なるほど、自身の矜持を傷つけられたことより、私が甘く見られていたことの方が腹立たしいらしい。

 そこがナナの可愛いところなのだけれど。


「まぁまぁ、良いではありませんか。……それに私、甘いのは大好きですのよ」


 私は手元の焼き菓子を一つ摘まみ上げると、腕を伸ばしてナナの口元へ持って行った。彼女は頬を染めつつも、遠慮がちに口を開く。

 

「ね? ……ほら、こんなに美味しいもの」


 私が微笑めば、彼女は耳まで赤くしてしまった。


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